監訳者あとがき

 本書は,マサチューセッツ州で学校における自殺予防教育プログラム(SOS)で有名なNPO団体「スクリーニング・フォー・メンタルヘルス」,ならびに,さまざまな問題行動を持つ若者のグループホームを多数運営するNPO団体「ザ・ブリッジ・オブ・センルトラルマサチューセッツ」が共同プロジェクトとして展開している,「『自傷のサイン』プログラム」の実施マニュアル,ならびにDVDの全訳である。
 米国のマサチューセッツ州は,早くから学校における自殺対策で意義ある活動に取り組んできたが,近年,学校現場で非常に問題となってきた自傷行為についても予防活動の取り組みも開始しており,今回訳出したDVDと本マニュアルはその予防プログラムの中核をなす教材である。教材の作成には,自傷行為に関する研究と臨床の権威として知られている,「ザ・ブリッジ・オブ・センルトラルマサチューセッツ」の所長,バレント・ウォルシュ博士も重要な貢献をしている。このことは,本プログラムが自傷研究の最先端の知見を反映したものであることを意味している。
 以下に,『自傷のサイン』プログラムの特徴について簡単に解説しておきたい。
『自傷のサイン』プログラムの特徴
 本プログラムの特徴は,学校における自傷予防の最も重要なポイントとして,生徒たちを最大の支援資源と捉えている点にある。
多くの先行研究が明らかにしているように,自傷行為におよぶ若者のなかで,養育者や教師,あるいはスクールカウンセラーといった支援資源となりうる者に相談する者はほとんどいない。せいぜいのところ,友人に告白するのが精一杯である。
 しかし,残念ながら,同年代の友人には自傷する若者を助けるだけの知識も技術もない。友人のなかには,自傷行為というグロテスクな現象に恐れなして逃げ出してしまう者も少なくなく,結果的に,自傷する若者を孤立に追いやってしまう可能性がある。その一方で,自傷する若者の「誰にもいわないで」という言葉に縛られ,ひとりで問題を抱え込んでしまう友人もいよう。あるいは,その友人は少しでも自分が役に立てばと考え,「私を友だちだと思うなら,もう自傷しないって約束して」などと,実行できない約束を一方的に押しつけ,かえって自傷する若者を追い詰めてしまうかもしれない。さらには,そのような自分なりの努力にもかかわらず若者の自傷が止まらないことを自責して,今度はいつしか自らが自傷行為におよぶようになってしまうかもしれない。いずれにしても,友人は自傷の第一発見者となりうるものの,情報が友人の水準でとどまるかぎり,その発見が必ずしも適切な支援には結びつかないのである。
 そこで,本プログラムでは,生徒たちに,「自傷はよいことではないが最悪のことではない」とその偏見を軽減するとともに,「自傷は何らかの苦痛を抱え,その人が助けを求めていることのサイン」であることを強調し,同時に,「しかし,これは友人には手に負えない問題であり,専門家の助けが必要である。だから,本当にその人を助けたければ,たとえ『誰にもいわないで』と念を押されても,信頼できる大人につながなければならない」ことが主張されている。その主張は,「Acknowledge(気づき)」,「Care(かかわり)」,「Tell(つなぎ)」というメッセージに集約され,DVDのなかで,それぞれの単語の頭文字をとった「ACT」という言葉で印象的に繰り返されている。
 この「ACT」が期待通りに機能するには,生徒たちからつながれた自傷する若者を受け止める周囲の大人たちへの教育が重要である。自傷行為の背景には必ず何らかの困難があるはずであり,単に「自傷行為をしてはいけない」と表層の行動を禁止・叱責するだけでは問題は解決しない。それどころか,自傷以外に対処方法を持たない若者は,頭ごなしに叱責されることによって,ますます援助を求められなくなってしまう。それゆえ,本プログラムは,単に生徒対象の教育だけにとどまらず,学校職員や保護者をも巻き込んだものとなっているのである。
なぜ「自殺予防」ではなく「自傷予防」なのか?
 ところで,本マニュアルを一読されると,自傷行為が自殺とは異なる行動であることが強調されていることに気づくであろう。くれぐれも誤解しないでいただきたいのだが,これは決して本プログラムが,自傷行為がはらむ危険性を過小視もしくは矮小化していることを意味するものではない。むしろこれは,自傷行為に対する周囲の過剰な反応―周囲の過剰反応は,それが叱責や心配のいずれであっても,自傷行為を強化してしまう可能性がある―を抑えるための戦略と考えるべきであろう。
 確かに,自傷と自殺は別の行動である。自傷行為は,「つらい感情をやわらげたい」,「誰かに気づいてほしい」という自殺以外の意図からなされる,致死性の低い軽症の身体損傷である。実際,一時的であれば,自傷行為には精神的苦痛を緩和する効果があり,その意味では,ファヴァッツァが指摘するように,「自殺は困難からの脱出口だが,自傷は正気への再入場口」といえる面もある。しかし,忘れてならないのは,自傷行為は長期的には重要な自殺の危険因子であるということである。事実,十代における自傷経験は,10年後の自殺リスクを数百倍にまで高めるという報告もある。
 実は,自傷する若者の多くが,自殺以外の目的から自傷行為を繰り返しながら,たえず死について思いをめぐらせている。あるいは,「死にたいくらいつらい状況」を生き延びるための一時しのぎとして自傷行為におよんでいる。しかしその行為は,困難がもたらす「自らの心の痛み」の一時的しのぎには役立っても,困難に対する根本的な解決策にはならない。それどころか,一時しのぎばかりを重ねるなかで状況は日増しに悪化し,最終的には死ぬよりほかない状況に追い詰められてしまう可能性がある。
 援助者が肝に銘じておく必要があるのは,自傷行為という問題行動がなくなることと自殺リスクの低減は必ずしも同義ではない,ということである。なぜなら,自傷する若者たちが抱える最も重要な問題は,自傷行為ではない。自傷行為はあくまでも表層の問題にすぎず,問題の核心はむしろその生き方―つらい状況でも誰にも助けを求めずにひとりで問題を解決しようとする態度,あるいは,そうせざるを得ない環境や状況―にあるからである。
 その意味で,本プログラムはまさにその生き方へと働きかけを狙ったものといってよい。本プログラムで繰り返された「気づき,かかわり,つなぐ」というメッセージは,将来,若者たちが死を意識するほどの困難に遭遇したときに,「自分には死以外の選択肢も残されている」ということへの気づきを高めるはずである。
『自傷のサイン』プログラムのわが国における意義
 ここまで書けばお分かりいただけるとかと思うが,この『自傷のサイン』プログラムは,その表層においては自傷と自殺を峻別して扱いながらも,内実は自殺予防に資するプログラムとしての機能を持っている。それこそが,この『自傷のサイン』プログラムの「凄さ」があり,わが国の学校保健の専門家に参考にしてほしい点である。
 これまでわが国の学校現場で行われてきた自殺予防教育といえば,ともすると「命を大切に」といった主題の生命尊重教育(要するに,道徳教育である)に終始しがちであった。たとえば,養育者からの虐待,あるいは,深刻ないじめ被害にさらされながらも誰もが見て見ぬふりをしている状況に甘んじている若者にとって,「命の大切さ」など伝わるはずがない。なにしろ彼らは,「誰も信じられない」「誰も助けてなどくれない」という絶望のただなかにいる。実際,家庭内で虐待を受けている若者の多くが,幼少時より「世間は信じられない。信じられるのは家族だけだ」などと繰り返し諭されていたりする。このような体験の積み重ねのなかで,若者はその援助希求能力を退化させ,密室化した過程のなかで自殺リスクをますます高めている。
 今日,中学校・高等学校では,自傷行為は深刻な問題となっており,中学校・高等学校の生徒の約1割に自傷行為の経験があるといわれている。しかし,筆者らの推計によれば,自ら援助を求めたり,発見されたりして教師に気づかれているのは,わずかのその30分の1にすぎない。要するに,保健室を訪れずに傷を隠し続けている若者は,学校内に多数潜在しているのである。
 学校保健の関係者は,もはや「自分を大切に」などといった,ありきたりの道徳論が通用しない状況にあることを認めなくてはならない。
本書訳出の経緯
 ここで,本書訳出の経緯について記させていただきたい。
 本書訳出は,自傷問題の専門家バレント・ウォルシュ博士との個人的な関係に端を発している。筆者は,その著書(『自傷行為−実証的研究と治療指針』,『自傷行為治療ガイド』)を2冊も訳出させていただいた縁から,2007年10月にウォルシュ博士を招き,都内でささやかに講演会を開催した。そして,そのお返しといっては変だが,2008年6月に,今度は筆者がマサチューセッツ州の「ザ・ブリッジ・オブ・センルトラルマサチューセッツ」に招いていただき,同施設を見学するとともに,ウォルシュ博士が企画にかかわった,ハーバード大学での自傷行為のワークショップにも参加させてもらった。
 そのワークショップで,ウォルシュ博士がプレゼンテーションしていたのが,まさにこのプログラムのことであった。その際,実際に『自傷のサイン』のDVDも上映された。筆者はいまでもそのときの衝撃を鮮明に記憶している。すでに著書を通じて彼が学校における自傷予防にかかわっていることは知っていたが,このように具体的な視聴覚教材がすでに開発されていることまでは,予想していなかった。しかも,かねてより筆者が求めいた,援助希求能力を高めることに焦点を置いた,生命尊重教育とは一線を画する内容であった。「これだ!」筆者は思わず自らの膝を叩かないではいられなかった。
 帰国後,筆者の頭からはずっと『自傷のサイン』プログラムのことが離れなかった。研修会や講演会などを通じて多くの養護教諭やスクールカウンセラーと意見交換する機会があったが,そのたびに彼らが,学校で使える――道徳教育に堕していない――自傷予防のための教材を必要としているのも感じ取っていた。ウォルシュ博士に頼み込んでこのマニュアルとDVDを何とか入手し,その中身を何度となく自分の目で確認するなかで,これらを訳出してわが国に紹介したいという思いが日増しに強くなっていった。そして幸運にも,金剛出版がこの思いに応えてくれることとなったのである。
 もっとも,刊行にあたっては,版権をめぐるややこしい問題をクリアしなければならなかった。本書は出版社の刊行物ではなく,複数の研究者による非売品の研究成果物であった。それだけに,従来の版権契約と同じ方法では話が進まず,いくら筆者がウォルシュ博士と個人的な関係を持っていたとしても,彼一人の裁量ではどうにもならない問題であった。その意味では,本訳書刊行は,金剛出版の方々の粘り強い交渉によって実現したといってよく,金剛出版社長立石正信氏と弓手正樹氏にはいくら感謝しても足りないであろう。
 版権の問題に比べれば,訳出はきわめてスムースに進んだといってよい。これまでともに自傷行為の研究や触法精神障害の治療プログラムに開発を行ってきた今村扶美氏,そして,心理学的剖検による自殺の実態調査をともに進めてきた勝又陽太郎氏,木谷雅彦氏,赤澤正人氏,廣川聖子氏,さらに,出産目前という状況でありながら,その長い海外滞在歴を生かしてDVDの字幕作成に協力してくれた菅原靖子氏。これらの6名の仲間には,この場を借りて感謝申し上げたい。
 最後に,筆者の上司にあたる自殺予防総合対策センター長の竹島 正先生の日頃の寛大さと励ましにも心からの感謝を捧げたい。
 本書が,わが国の自殺予防に対する自殺予防総合対策センターの重要な貢献の一つとして,多くの学校保健関係者に活用されることを祈念している。

2010年10月 監訳者 松本俊彦