日本語版への序

 サル・ミニューチンの来日からはや30 年が経ちました。いまでもたくさんの日本の仲間たちが,彼のことを愛称を使ってサルと呼んでいます。この30 年の間に,多くのことが変化しました。家族療法界のパイオニアとしての50 年にわたる長い職業生活の中で,ミニューチン先生の構造的家族療法の考え方もさまざまな点で進化を続け,それはまた,家族療法領域全体の発展を映し出すものとなっています。
 2009 年,アナハイムで開催された「心理療法の進化をめぐる会議(Evolutionof Psychotherapy Conference)」の基調講演のなかで,先生は次のようにおっしゃいました。「私も88 歳になりました。家族療法家として,家族療法の実践が常に自分の人生と並走してきたので,50 年間の記憶を基に,自分がこの領域の発展や,理論と実践に生じた衝撃的出来事について,適切な見解を示すことができるのではないかと考えています。もちろん,他の記憶同様,私の経験はときの経過の中で整理され編集し直されてきていますが,生み出されたものは反復であると,今の私の眼には明らかに映るようになっています。最初は,実体のない影や曖昧な感情を残すに過ぎず,意識の外で起きていたことが,のちに発見となって舞い戻り,なにを意味するか,もっとよく掴めるようになるといった具合です」
 モダニズムからポストモダニズムへ,さらには「エビデンス・ベースド」の時代へと移行するなかで,構造的家族療法は,家族療法領域全体の発展からの影響も受けながら進化を続けてきました。初期には,家族療法はある特定のアプローチというより,システミックな視点とは何かを表象するために打ち出された,さまざまな特徴や新機軸の集合体でした。結果的に,異なるアプローチ間の境界は曖昧になり,それぞれが,多面的な視点を持つ理論であると同時に,対照的なイデオロギーを含むことさえある,より大きな動きの「一部分」であると捉えられるようになったのです。アプローチ一つひとつは,全体というよりある一つの角度から話すことにすぎず,システミックな思考法をさらに豊かに発展させるために,相互に影響を与えあい続けてゆくことでしょう。
 「構造的家族療法なんてものはない」「純粋な構造的家族療法家なんて存在しない」とミニューチン先生が常々おっしゃっていたのは,おそらくこのことを意味していたのだと思います。家族療法界の長老として,先生は確かに「歴史の語り部」の役割を担っていらっしゃり,自分の流派に閉じこもることなく,全体の発展に関心を寄せていらっしゃいました。ここから,ごく自然な流れとして,セラピストの成長につれて生じる漸次的変化を重視する姿勢が生まれます。彼自身,次のように自己開示していました。「私のセラピストとしての考え方や重きをおくポイントは,ときの経過とともに変化し続けてきましたが,私が自分の進化を認め説明できるようになったのは,ごく最近になってからのことです。実践を始めた当初は,私は個人療法家であり分析家として子ども時代の経験を重視し,大人の行動・思考・感情の根底を知るには,子ども時代を探求するのが一番だと考えていたことが今になってよくわかります。しかし1960 年代に家族療法を実践しはじめた頃には,現在に焦点を置き,過去は,現在の葛藤関係の理解をややこしくするだけの,めんどうな時期と捉えていました。10 年か20 年が経過して,私は再び変化しました。その時期までには,人は人生の折々に誕生した複数のアイデンティティを抱え持つという考え方,そして人生の需要に応えながら,それらと共存してゆくという考え方が,身に馴染むようになっていたのです」と。
 ミニューチンの考えの変化は,本書における家族とカップルのアセスメントに色濃く反映されています。4 ステップモデルの第3 ステップに,過去の経験を含めたことこそが,彼が言及した初期の構造的モデルの特徴,「いまここ」(hereand now)を重視する姿勢からの著しい変化です。しかしこれは,アセスメントモデルへの一要素の追加に留まりません。むしろ,観察可能な対人関係様式を拡大するための方法であり,それがいつから始まったのかを認知的に理解し,そうすることで,自動的に生じる相互交流に意味と深みが与えられます。さらに,私たちが言及する「過去の経験」は,原家族の中で幼少期に生じたことどもに限られるわけではありません。成長後に経験した,政変や大災害といった大きなできごともまた,その人の対人関係様式と感情状態の形成に影響を与えるようです。家族とカップルのアセスメントのための4 ステップモデルのねらいは,セラピストたちに面接における指針や方向性を提供することにあります。引き続きマニュアル化されたセラピーが流行っていますが,セラピーの進展を測るための地図を提供すると同時に,治療的プロセスの中で,セラピストが自己を存分に使う余地を残そうと私たちは試みました。多くの事例が紹介されていますが,ミニューチンを真似るのでなく,異なる症状を持った家族と面接するための概念的な枠組みを共有し,家族力動の迷宮に足を踏み入れるセラピストたちを導くためのアリアドネの糸―難問を解く鍵―を提供することを目的としています。この「症状からシステムへ」(symptom to system)という図式は,構造的家族療法に限ったものではありません。異なる流派のセラピストも,これを使って目の前のすべての家族をシステミックにアセスメントすることができるでしょう。中国の田舎に住む家族の面接プロセスをとりあげたことからわかるように,このアセスメントモデルは,多様な文化にも適用可能です。このケースを担当したのは私であり,私は自分がいかにサル・ミニューチンと違うかを自覚しています。国籍が違っても,ジェンダーや心情,生活様式が異なったとしても,このプロセスに従うことができます。
 「不確かさ」について論じた最終章は,欧米の治療的枠組みへの東洋哲学の融合です。私たちはすべての家族療法的実践にとって,不確かさを組みこむことが重要だと考えています。セラピーは,人と人の出会いが作り上げる経験なので,セラピストは誰でも,とるべき方向性,採用する言語やメタファー,付与する意味を,そして追求すべき変化を選択しなければならず,家族との共同作業は,モデルが示すほどまっすぐに進むものではありません。いつでも私たちをあいまいなところへと誘うのが,治療プロセスの現実です。つまり,不確かさという逆説的真実を考慮に入れない限り,セラピーをめぐる議論は完全なものにはなり得ないでしょう。
 本書には,家族療法のパイオニアが積み重ねた素晴らしい知恵が,詰め込まれているだけではありません。セラピストの志向性や好みのアプローチに関わりなく治療的動きを導く単純な一線を開発しようとひたすら追求してきた,彼の努力の成果を見てとることができるでしょう。日本語版刊行にあたり,それらが,30年前にミニューチン先生が日本で種をまいた仕事の更新とさらなる拡大発展に役立つことを願っております。

ウェイ-ユン・リー