序文

いま本書を手にしているあなたへ

 いま本書を手に取っているあなたは,「どうやったらアルコール・薬物依存症患者さんの援助ができるのか」と悩んでいる援助者の方でしょうか? それとも,「自分は依存症かもしれない」と密かに悩んでいる当事者の方でしょうか? あるいはひょっとすると,家族や恋人,友人のアルコール・薬物問題に悩んでいる方かもしれませんね。
 もちろん,どなたでも大歓迎です。
 本書は,私たちが実践してきたSMARRP(Serigaya Methamphetamine Relapse Prevention Program: せりがや覚せい剤再乱用防止プログラム)の教材として開発したワークブックをベースにして,それに若干の加筆を行ったものです。ここには,私たちが,それまでの臨床経験を通じて,「このことをアルコール・薬物依存症患者さんに伝えておきたい!」と考えてきた情報がつぎ込まれています。
 私たちがこのSMARPPプロジェクトを立ち上げてからもう約5年になります。その間,SMARPPを通じてたくさんの患者さんと出会い,患者さんの感想に耳を傾け,あるいは,治療効果の検証を行いながら,何度となくワークブックの改訂を重ねてきました。そして,最初は一つの医療機関ではじめた小さな試みであったものが,現在では,国内30カ所以上の精神科医療機関や精神保健福祉センター,民間回復施設,あるいは矯正施設で,このSMARPPを範とした治療プログラムが実践されるプロジェクトへと成長しました。しかし,それでもなお,国内多数の援助機関から,「SMARPPのワークブックはどうやったら入手できるのか?」「ぜひ出版して欲しい」という要望をいただており,今回,金剛出版のご協力を得て,そうした声に応えることにしました。
 このワークブックは,当初は,医療機関で実施されるグループ療法で用いることを想定して開発されたものです。しかし実際には,医療機関以外の援助機関や司法関連機関(少年院や刑務所,保護観察,家庭裁判所など)で用いたり,個別面接や自習用教材として用いることも可能です。また,メンタルヘルス領域の援助者にとっては,依存症援助の初歩を学ぶための参考書として有用であるはず,と自負しています。
 けれども,誤解しないでください。私たちは決して「このワークブックで自習さえすれば依存症を克服できる」などといった,大それたことは考えていません。本書の役目は,あくまでも最初の第一歩を踏み出すきっかけを与えることにあります。したがって,もしもあなたが当事者ならば,このワークブックに取り組んだ後には(たとえば,1日1回分ずつ毎日やると4週間でおわるようになっています),ぜひ巻末に掲げたある各地域の相談・援助機関に連絡を取ったり,実際に足を運んでみたりしてください。依存症からの回復は,本から学んだ知識によって得られるものではなく,依存症のことを理解してくれるリアルな人との出会い,あるいは,そのような人との出会を求めて「自分の足を使って」動き続けるプロセスから得られます。
 また,もしもあなたが援助者であるならば,可能な限り,見よう見まねでこのワークブックを使って患者さんの援助をするのではなく,私たちが主催している研修会に参加し,スーパーバイズを受けてください。依存症の援助で最も大切なのは,本で学んだ知識や技法ではなく,依存症患者さんとの向き合う姿勢であり,同時に,援助者同士のネットワークです。ちなみに,私たちは,援助者を対象としたSMARPP研修会を年1回実施し,研究修了者に研修修了証を授与しています(詳しくは,独立行政法人国立精神・神経医療研究センターのホームページをご覧ください)。
 なお,本書刊行にあたって私たちは,SMARPPプロジェクトに参加してくださっているすべての医療機関,保健機関,司法機関の援助者の方,ならびに,クライエントの方々に感謝の気持ちを伝えたいと思います。こうした多くの現場での汗こそがこのワークブックを作り上げたのです。そして,いつも私たちに貴重な機会を与えてくださる,金剛出版の立石正信社長と弓手正樹氏にも深謝いたします。
 このワークブックが,多くのアルコール・薬物依存症に悩む方たちに回復のきっかけを与え,あるいは,これまでアルコール・薬物依存症に対して苦手意識を抱いてきた援助者に,この問題と向き合う勇気を与えることができれば,私たちにとってこれほどうれしいことはありません。

著者らを代表して
独立行政法人国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所
薬物依存研究部/自殺予防総合対策センター
松本俊彦