解説と監訳者あとがき

 本書を手に取ってくださった読者のみなさま,ありがとうございます。念願の翻訳をようやく終え,みなさまのお手元へ届けることができました。
 本書は,障碍の有無にかかわらず,子ども同士の友達関係や支え合う関係を育むために,具体的にどう指導したり,支援すればいいのかを教えてくれる本です。まえがきで著者のジャネイ氏が指摘しているように,ポジティブな人間関係を持つことはその人のQOL(生活の質)が高いことを示す指標となります。つまり人間関係の有無はその人の人生の豊かさに大きな影響を与えるのです。
 本書の特徴を三つ挙げると,まず一つめの特徴は,このような大変重要な領域について,幼稚園児から高校生まで,幅広い年齢段階について扱っていることでしょう。日本では,中/高校段階での障碍のある子どもとない子どもとの友達関係について取り扱った書籍はほとんどないので,本書は大変貴重な存在です。最近では,高等学校において発達障碍のある生徒への特別支援教育の充実が課題となっています。クラスメイトにその生徒のことをどのように理解してもらうのか,対人関係をどのように作っていくのか,そんな課題の解決のヒントが本書の中にたくさん紹介されています。
 二つめの本書の特徴は,発達障碍に限らず,知的障碍,身体障碍,視覚障碍,聴覚障碍などさまざまな障碍のある子どもたちを念頭に書かれていることです。アスペルガー症候群のあるサムや,身体障碍と知的障碍のあるダニエルなどのエピソードが所々に添えられ,より具体的に理解し,イメージしやすいよう工夫されています。
 三つ目の特徴は,インクルージョン教育の実践に関わる配慮事項,指導事項について,幅広い研究分野からの情報がまとめられているという点です。第1章や第2章では学校や学級の雰囲気などをどう改善していくかといった間接的なアプローチについて述べられ,第3〜5章では障碍のある子どもや障碍のない仲間(ピア)への直接的な指導アピローチについて述べられています。また,第4章ソーシャルスキルの指導では,行動分析による手法のほかに,認知論的な手法も取り上げられています。ある一つの理論にこだわらず,実際の学校現場で役立つものが紹介されています。
 本書は,通常学級や特別支援学級の先生,特別支援学校の先生,特別支援教育コーディネーターやスクールカウンセラー,特別支援教育士,臨床発達心理士の方など,実践現場で活躍されている方々向けの実践的なガイドブックです。そのため,難しい学術用語はできるだけ避けるようにし,熟れた日本語の翻訳となるよう努めました。また,文章をです/ます調の柔らかい表現にしました。とはいえ,本書は学術的な研究のエビデンスという裏付けの下に書かれており,さまざまな研究の知見がまとめられていますので,関連分野の研究者の方々や大学生や院生の方々にもぜひ手に取ってご覧頂ければと思います。
 なお,翻訳にあたり,いろいろ考慮したことなどを以下に記します。
 まず,本書ではわかりにくい学術用語はできるだけさけるという方針から,social interactionを相互交渉ではなく「やりとり」とし,peer-mediated interventionを仲間媒介法ではなく「仲間仲介法」と訳出したことをお断りしておきます。
 また,翻訳において,「しょうがい」を障害ではなく,「障碍」と表記しました。これは,本書の第2章(○ページ)にある『相手を尊重する「ピープルファースト(人間を第一に考える)」の言葉遣い』を受けてのことです。碍という漢字は俗字で,元々は「礙(ガイ)」と書いていました。この漢字の成り立ちは,石を目の前にして立ち尽くす,思い悩んでいるという状態を意味し,そこから派生をして,妨げる/られるという意味を表すようになりました。一方,「害」は,下部の口の部分は祝詞が入った器を表し,それ以外の上部は,取っ手のついた大きな針を示しています。大きな針で祝詞の器を突き刺し,祈りの効果を傷つけて,願いごとが実現するのを邪魔している形の字です。それで,害には「きずつける,じゃまする,そこなう」という意味があります。「しょうがい」のある方々には,何らかの身体的医学的な損傷,すわなち「障害(impermanent)」もありますが,むしろ,社会の側の偏見やバリアによって妨げられる「障碍(handicap)」の方が多いように思います。駅にエレベータ等のバリアフリー工事が進んだおかげで,昔よりも車イスに乗った方が電車に乗っていらっしゃるのを目にするようになったと思いませんか。社会が変われば,障碍のある方のできることも大幅に変わっていくのです。原書は,障碍のある子どもの無い子どももみんなにとって居心地のよい安心して学べるインクルーシブな学校社会作りのためのガイドブックです。このような原書の趣旨を尊重するという点から,「障碍」と表記することにしました。
 このほか,原書では第4章に掲載されていた参考図書リストや市販の指導プログラムのリストにかえて,巻末に和書の参考図書リストを独自に掲載しました。また,第2章にあるPATHの補足資料(実際の差写真や図)も巻末に添えました。
監訳にあたっては,訳文を原文と照合して,できる限り原文に忠実かつ日本語として読みやすいようにと心がけましたが,なお未熟な点があろうかと思われます。ご叱正いただければ幸いです。
 初めて原書(第1版は2000年発刊。本書は第2版2006年発刊を翻訳)を手にしたときから,ずっとこの本はきっといい本に違いない,きっと日本の先生方に役立つ情報がたくさんあるはず,と思っていました。思いはあるものの,なかなか翻訳まで手つかずだったところへ,幸運にも,日本協同教育学会でお世話になっていた創価大学の関田一彦氏(日本協同教育学会長)のプロデュースのもとで,翻訳書の出版を現実のものとすることができました。チームで協同したからこそ,ゴールへ辿り着けました。それぞれの訳し方の違いを知る中で,さらに内容理解も深まっていきました。同じ監訳者の高野久美子氏には,何度も何度も訳を見直す中で,逐語訳でない,わかりやすい日本語訳とはどのようなものなのかも教えていただきました。大変でしたがとても楽しい時間でした。
 原書の第1版ではある章のほんの一部だった協同学習についての記述が,第2版ではほぼ一章分の分量へと大幅に増えています。インクルージョン場面においても,協同学習による指導は障碍のある子ども,無い子ども双方の学力や社会性に大きな効果があると期待されて,実践も進んでいることがわかります。日本でも,協同学習の実践が進むよう,本書が少しでも貢献できたら幸いです。
障碍のある子どものない子どもも分け隔てなく同じ仲間として共に学ぶ,というインクルージョン教育は,世界的な教育の潮流であり,いよいよ日本においても,理念的な段階から具体的な実践段階へ入ろうかというところです。本書がインクルージョンの実践の手がかりとなり,子どもたちの笑顔へと繋がっていけたら,こんなに幸せなことはありません。
 最後になりましたが,出版を快くお引き受け下さった金剛出版代表取締役の立石正信氏,素敵な装丁に仕上げて下さった編集部の中村奈々氏に心より感謝申し上げます。

2010年10月 涌井 恵