訳者あとがき

 本書は、カイラ・ミリヤム・ワイナー(Kayla Miriyam Weiner)編『Therapeutic and Legal Issues for Therapists who have Survived a Client Suicide: Breaking the Silence』(患者の自殺を経験したセラピストのための治療的・法的問題 ; 沈黙を破る)(Haworth Press, 2005)の全訳である。
 本書の中にもあるように、「セラピストには二種類ある。すなわち、患者に自殺されたセラピストと、これから患者に自殺されるセラピストである」。患者の自殺を経験することは、研修生であっても、あるいは経験豊富なセラピストであってもけっして稀なことではない。「治療中の患者の自殺は、セラピストが出会い、耐えなければならない、もっとも困難な悲嘆の危機である」という意見も述べられているが、私(訳者・高橋)もそれにまったく同感である。
 自殺を予防することに全力を尽くすべきであるのは当然である。しかし、どれほど努力をしても不幸にして起きてしまう自殺があることもまた現実である。驚愕、茫然自失、離人感、記憶の加工、否認、歪曲、自責、抑うつ、不安、疑問、怒り、他罰、救済感、合理化、原因の追及、周囲からの非難、二次的トラウマといった嵐のような感情が一挙に噴き出してくる。セラピストを襲う反応には、遺族が感じるような個人としての反応もあれば、専門家としての反応もある。自分の治療技能への疑念、遺族や同僚から非難されているのではないかという恐れ、訴訟を起こされるのではないかとの不安、今後も専門家として仕事を続けていくことへの自信の喪失なども当然起きてくる。
 私が精神科医になって四半世紀が経ったが、私が若い頃は、患者の自殺にどのように対応すべきかといった事柄に関して大きな関心が払われることはまずなかった。精神医学を専門とする者にとって、この種の経験をすることは当然のことであり、心の痛手から自力で立ち直るのはむしろ通過儀礼であるといったとらえられ方が一般的でさえあった。周囲の同僚たちも、自殺について触れないようにすることが、最大のサポートだといった雰囲気さえあった。
 しかし、長期にわたって治療にあたってきた患者の自殺に対して自力で向き合うのは、セラピストにとってトラウマとさえなりかねない経験である。周囲を見回しても、患者の自殺を経験した後、精神医学からすっかり距離を置いてしまい、神経内科学や生理学に専門を替えた同僚を数人思い浮かべることができる。また、精神科医ばかりでない、勤務中に患者の自殺に遭遇して、医療界から去った看護師の例も知っている。
最近では、ポストベンション(postvention)の重要性がわが国でも徐々に認識されるようになってきた。要するに、不幸にして自殺が起きてしまったときに、遺された人(サバイバー)をケアするという考えである。なお、遺族、友人、同僚だけがサバイバーなのではなく、セラピストもまたサバイバーであるという認識に立つ必要がある。セラピストといえども生身の人間である。懸命に治療に当たってきた人が自ら命を絶つという経験をして、打撃を受けないなどということがあるはずがない。時には、患者から家族以上に深刻な悩みを打ち明けられていた場合さえある。
 自殺を予防することに全力を尽くすのは当然である。しかし、自殺を一〇〇%予防するということも不可能である。どれほど努力しても自殺が起きてしまうこともあるし、治療開始当初からきわめて自殺の危険の高いことを認識しつつも、そのような人に働きかけていかなければならないという状況もある。本書は不幸にして、患者の自殺が起きてしまったときに、セラピストにはどのような心理的な反応が生じ、その事態にどのように対応すべきかといった問題に焦点を当てている。また、第7章では、自殺に関連した法的問題についても概説されている。
 本書の筆者たちはけっして心理学や精神医学の学会で有名な人々というわけではないのだが、本書を読んでいると、それぞれがさまざまな現場で患者に向き合っている優れた臨床家であることがよくわかる。患者の自殺を経験した際の、個人としての、そして、専門家としての反応が克明に記録されている。自分の人生観や職業観を変化させかねなかったほどの経験を直視し、セラピストとして成長する糧としてきたことも明らかである。全力で自殺を防がなければならない。しかし、それにもかかわらず不幸にして自殺が起きてしまった時には、「死からしか学べないことは何か」という謙虚な態度でもって、故人がセラピストに何を伝えようとしてきたのかを直視しようとする姿勢が伝わってくる。
本書では、スーパーバイザーの果たす役割についても詳しく取り上げてある。さらに、アメリカの訴訟社会という現実にも直視して、自殺と訴訟に関して一章を割いている部分も、将来のわが国に起こり得る現実を考えていくうえでの参考になるだろう。
 訳者である私も本書から多くを学んだ。患者の自殺という、ともすればわが国ではあまり公にできなかった話題を真正面から取り上げている本書を、日々、自殺の危険の高い患者と向き合っているすべてのセラピスト、そして将来、精神保健領域に進んでいくことを考えている若い人々にも読んでいただきたい。

 本書を翻訳出版するにあたり多大なご尽力をいただいた、金剛出版代表取締役社長立石正信氏に感謝申し上げる。立石氏には私の最初の著書『自殺の危険:臨床的評価と危機介入』(金剛出版、一九九二年)の出版以来、常に激励していただいてきたことに対して、この機会にあらためて感謝を述べたい。

二〇一一年一月 高橋 祥友