はじめに

 うつ病の概念が拡散していると言われて久しい。新型うつ病や現代型うつ病(松浪),ディスチミア親和型(樽味),自称うつ病など,さまざまな呼び名も生まれたが,いずれも従来のうつ病のイメージには合致しないという共通点がある。これまでは,真面目で几帳面な中年男性がストレスを抱えて,自責を主体とした制止優位のうつ病像を呈するという理解が一般的であった。これに対して,新型のうつ病は,若い人に多く,他責的,依存的で選択的な抑制を示し,仕事以外の場面では元気である,といった病像を意味しているようだ。
 最近はこの新型うつ病ブームにのって,「未熟型うつ病」という,筆者らのやや古い概念も掘り起こされることとなり,上記の諸うつ病像と一緒に論じられるようになった。たしかに,「未熟」という価値判断を含んだ日常用語を冠するため,成人としての常識やモラルをわきまえない若い人のわがままなうつ病というイメージが抱かれるのも無理はない。われわれが注目したのも,古典的なうつ病の病前性格であるメランコリー親和型や執着性格とは異なり,社会規範の取り入れが弱い点であった。とはいえ,未熟型うつ病とは,明らかな内因性のうつ病であり,ディスチミア親和型をはじめとした昨今の神経症圏のうつと混同されてはならない。こちらは操作的診断基準の普及によって,新たに「うつ病」に列せられたもので,病態の深さが異なり,従来抑うつ神経症とされていたものに他ならない。未熟型うつ病とは,あくまでも内因性の領域において古典的なうつ病と比肩される病態である。
 もうひとつの誤解は,混合状態=未熟型という公式であり,混合状態を取り退行するケースすべてが未熟型という理解も広まっているようである。これは筆者の責任でもあるのだが,最近の論文で未熟型うつ病の病像自体が未熟という観点を強調したことも一因かと思われる。たしかに,躁うつ病すべてが混合状態という基本病像をもつという宮本の観点に基づけば,未熟型はそれが見えやすいという面はある。また,Abrahamをもちだすまでもなく,うつ病自体を口唇期への退行とする見方が可能であり,メランコリー親和型や執着性格にしても,うつ病が遷延し性格の防衛がはがれてくると,自己愛的で依存的,退行的な振る舞いが出現することは稀ではない。したがって,うつ病ないし躁うつ病と「未熟」や退行は不可分であり,「未熟型」は際限なく拡大してしまう危険をはらんでいる。そのため,生活史,病前性格,ライフステージ,発病状況,病像,経過を1セットで提示した概念であることを再確認していただき,「未熟」を限定して使用していることを理解していただきたい。
 また,「未熟型うつ病」とは,現代日本に出現した新型の一種では決してない。むしろ,うつ病の表現型のバリエーションとして理念的にも想定されるもので,時代,文化を超えて普遍性のある病像である。また,現在話題になっているのは,どちらかというと神経症ないし軽症で遷延化しやすい内因性うつ病像であるが,未熟型うつ病は明らかに双極性障害の一型であり,うつと躁の関係を考えるうえでも豊かな素材を提供してくれる。このタイプの病像を中心に据えることで,うつ病のみならず,適応障害から双極性障害までを射程に入れた気分障害全体を俯瞰,理解できるのはないかと考えている。
 ところが現実の臨床場面では,こうした病像の類型化はほとんど考慮されない。無理論(atheoretical)を旨とする操作的診断基準の普及によって,うつ病も単なる症状の束になり,チェックリストの項目数や持続期間によって診断される。その結果漠然とした「うつ病」が氾濫している。一見客観的なように見えて,症状の評価の時点で主観性が混入することは避けられないし,患者の発言が正しいかどうかは別な問題である。うつ病は抑うつ気分や意欲の低下といった症状は共通するものの,人格によって症状のバリエーションは大きい。特に症状が軽くなればなるほど,この差が際立ってくる。その一方で,臨床家であれば,頻度は少ないにしても中核的なうつ病を確実に診断できる発言や症状がある。こうした問題意識から筆者は,うつ病に関する症状や経過をきめ細かく把握するだけでなく,気分障害全体を包括的に理解する必要性を折に触れて強調してきた。
 本書では,まず最も関心をもたれている未熟型うつ病に関する論文を冒頭に据えた。この第I部第1章は,これまでの論文を発表順にひとつにまとめたもので,これまでさまざまな観点から論じた内容が一望できるようになっている。第II部には双極スペクトラム概念や躁とうつとの関連を検討した論考を置いた。未熟型うつ病自体が躁とうつの関連を見事に例証してくれるため,必然的に双極スペクトラム概念の参照へと導かれたという筆者自身の関心移動とも一致する配列である。第III部はうつ病の経過論,症状論である。最初の論文のタイトルは「うつ病者の語り」となっているが,うつ病の経過論も含んだ内容であり,まずこれを読むと筆者の基本的な視点がわかりやすくなる。続く4本はうつ病の症状をテーマにした独立した諸論文で,経過論を症状別に展開した形になっている。したがって,それぞれ内容的には重複する部分もあるが,読者の関心に従ってどの章からでも読めるように,改変はあまり加えなかった。第III部最後の妄想性うつ病に関する論文は,21年前の学位論文を短縮・加筆したものあり,他の論文とはスタイルが異なるが,その後躁的因子に着目する筆者の原点である。第IV部は現代の気分障害の諸病像と時代,社会との関連について,筆者なりに整理した論考であり,「メランコリーからソフトバイポーラーへ」がキーワードになっている。
 本書に収められた研究が,気分障害の理解や治療にいささかでも役立てば幸いである。