はじめに

 精神科デイケアの起源は、第二次世界大戦後まもなく、英国、カナダの取り組みにさかのぼることができる。
 日本でのデイケアの取り組みはそれよりは歴史が浅いが、精神病院乱立時代を経て、いわゆる病棟への収容主義に対するアンチテーゼとして生まれ、退院後の日中の活動の場、居場所として発展してきた。
 デイケアや作業所へ通所しながら地域で生活することが可能になってきた背景には、薬物療法の著しい発展がある。1990年代になって新規抗精神病薬リスペリドンをはじめとするSDA(serotonin dopamine antagonist)が登場し、薬物療法は新しい局面を迎える。眠気やパーキンソン症状などの副作用が少なく、QOLが侵されにくいので、日中の活動がしやすくなったのである。
 しかし、デイケアが持つ、「居場所」、「仲間づくり」としての機能は、医療の枠組みではなく地域福祉の枠組みのなかのサービスでまかなわれることが増えてきた。かつて精神病院への収容主義が批判されてきたように、「デイケア依存」がささやかれるようになったのである。「デイケア不要説」まで語られる昨今だが、デイケアに今後の存在意義があるのだろうか?
 10年くらい前までは、精神科デイケアの機能を「赤ちょうちん型」「学校型」などに分けて語られることがあった。すなわち、ちょっと立ち寄る居場所的な「赤提灯型」、集団の中でプログラムを通して何かを学習する「学校型」である。
 現在、精神科デイケアの存在意義が認められるとすれば、うつ病の復職支援、発達障害、児童など専門治療プログラムを対象者を絞って実施する「機能分化・専門デイケア」や多職種チームが医療職のプロとして、地域と連携して困難事例の生活全体をサポートする要になり、危機介入もできる「地域連携・包括型デイケア」だろう。
 「機能分化・専門デイケア」では、アセスメントをしっかり行い、適応を考えて導入することで、効果をあげることができる。
 「地域連携・包括型デイケア」では、その個人のリカバリーのために最も有効なオーダーメイドの治療環境をケア会議などで考えていくことが必要になる。そのためには選択肢が広いことが求められ、施設内の多職種のサポート、豊富なデイケアプログラムだけでなく、常に地域連携を意識し、施設外の社会資源を取り入れやすくすることが重要である。
 ほっとステーションは、まだ北海道でも精神科医療機関が郊外に多かった頃に、札幌市の都心部に都市型デイケアとして誕生した。
 開設当時から、就労支援を意識し、PSWは街に精通してることが求められた。その後自立支援法の流れで、就労支援活動は、医療法人とは別に立ち上げた公益法人に移行し、また札幌市内の外部の事業所につなげることも以前に増して多くなった。プログラムとしては、レクレーションやスポーツ、作業療法的なものから、医療ならではの認知行動療法プログラム(SST,統合失調症集団認知行動療法、アンガーマネージメント、うつの集団認知行動療法、発達障害を抱える人のための集団認知行動療法など)に力を入れている。
 この本では、生き残りを懸けた今後のデイケアの方向性について検討材料を提供できれば幸いである。

平成22年5月 長谷川直実