聞きながら訊き事実に出会うということ

村嘉代子
 20年ほど前であろうか,突然,橋本和明氏が来訪された。「ある雑誌に家裁調査官の特集を組む企画を考えた。かってその職にあり,時折裁判所職員総合研修所や家裁などで,講師として家裁調査官と研鑽する機会を持つ者として,そして今は外にある立場で家裁調査官について一文を書くように」というご依窒ナあった。漫画『家栽の人』がベストセラーになり,さらにTVドラマ化され,家裁調査官の存在は世に識られるようになりはしていたが,それでも日々の生活を恙なく過ごす方々にとっては,出会う機会の少ない存在であり,「火災調査官ですね?」と火災保険の調査員と早のみこみされる方も時にはいらっしゃったりなぞした。貴重な企画であり,私ではなく土居健郎先生にご執筆戴くことを提言したが,橋本氏の並々ならぬ目的意識と行動力に感服したのを今も鮮やかに想い出す。
 その後,児童自立支援施設についてのフィールドワーク調査研究でご一緒する機会が生まれた。非行をした少年が立ち直り成長するためには,自分は信頼されているという感覚が必要不可欠ではないか,だが,それはそう容易なことではないということに,ある児童自立支援施設へ向かう道すがらに,二人の間で話題が及んだ。その時,車中で,小学校入学直前の春,大阪の修徳学院(教護院で現在は児童自立支援施設という)卒園者と教職員の文集『みかえりの塔』(1939年出版)を手にし,その一章に強い衝撃を受けた記憶が蘇り,その一端を私は口にした。卒園後,真摯に更生の道を辿っている一人の青年が,何か事が起きると疑いの目を地域の警察から向けられることや孤独に耐えかね,自殺を図ったが一命をとりとめ,病院のベッドで意識を取り戻し,生きる重さをかみしめている……という,いわゆる単純にめでたし,めでたし,という結びではない内容であった。それは子どもであった私にとって,生の厳しさを識る世界へと扉を一枚開かれた想いがしたのであった(当時,新聞や大抵の書籍にはルビがふられていたので,私は手当たり次第に読んで(?)眺めていた……)。
 間もなく『復刻版みかえりの塔』(2000年刊行)と『みかえりの塔―それから』(2000年刊行)という二冊の書籍と橋本氏の手紙が届いた。手紙には,「村先生には失礼かと思いましたが,そんな6歳くらいの子どもの記憶は当てにならない,だが決めつけないで事実を調べてみよう,と予てから交流のあった修徳学院の元院長の平井光治氏を訪ね,次第を問うと,復刻版を出され,半世紀以上前の読後感を未だに記憶されているその人に謹呈する,と復刻版を一冊預かってきた。自分も一読してみた。うーんと納得した。想い出の書籍としてお手元にどうぞ。これで,村先生の話されたことが本当だったという事実確認をしました……。改めて小さな子どもであっても本質的なことは,大事だと気づき,記憶に残るのだと感心しました。疑ったりして失礼しました……。[後略]」と認められていた。復刻版には,細部の記憶違いはあったが,あの青年の呻吟の章は確かにあった……。
 本書で,橋本氏は非行臨床における事実の重さ,大切さを繰り返し説かれている。そして同時に事実を把握していく過程で,相手に身をそわせて共感的に聴き入ることをも軽んじてはならないこと,受容的態度を適切に併せ持つことの意義を指摘されている。「聴くと訊くこと」のバランスについて分かりやすく現実に即応して述べて,この営みの過程において,安易な納得や手抜きの浅い理解で満足することを強く戒められている。まことにその通りと首肯する。聞き流しにせずに,『復刻版 みかえりの塔』に辿り着き,私の記憶と感想の真偽や適切さの程を実地調査によって確かめられ,ひとたび事実が確認されると,孤独な生活の中で立ち直っていこうとするその青年の心情に深く想いをはせられた橋本氏。このエピソードは,橋本氏の説く理論は言行一致,経験事実に裏打ちされ,帰納的に検証されて生み出されたものであることを納得させる。
 本書では,現代社会の特質を歴史的,社会経済的なマクロの視点から描出し,その特質が人の心や人間関係のありかたにどう影響を及ぼしているか,そういう全体事象の特質の中で,少年非行はどのような傾向を帯びているかについて,聴きながら訊き 事実に出会うということ 私のよく使う表現で言えば,問題の焦点が明確に全体状況との関連の中で,まことに的確に捉えられている。橋本氏によるこの現状把握に基づくさまざまな臨床の技法とその工夫は現実的で効用が検証されたものであると言えよう。
 書名から非行臨床領域の書物と受け取られるかもしれないが,内容的には,臨床場面での検証済みのさまざまな領域の臨床に役立つ考え方と技法が分かりやすく系統的に述べられている。非行臨床に携わる方々はもちろんのこと,さまざまな領域の多くの方々に読んでいただきたい。裨益するところはまことに大きいと思う。

(北翔大学大学院・大正大学)