おわりに

 筆者が本書を書きたいと思うようになったのは,これまで長年従事してきた調査官の経験を振り返り,そこで得たさまざまな技術を自分なりにまとめてみたいと考えたのが始まりである。
 その技術とは,非行という現象を見つめる視点であったり,面接をする方法であったり,少年らとのかかわりのコツであったり,事実をいかに報告するかという伝え方であったりする。また,臨床家を養成していく育て方の技術についても取り上げ,最終章で論じることにした。非行臨床にはこのように多くの技術が求められ,それを自分なりに統合していくことが大切であると,執筆をしながら改めて思い知らされた。一つの技術には優れていても,他の技術が伴わなければ,せっかくの優れた技術も台無しになる。その結果,全体としてみればその技術の効果は半減してしまう。そうならないためには,臨床家としてのバランスが求められるのである。
 本書ではそれらの一つ一つの技術をどこまで正確に記述できたか心許ないが,筆者なりに精一杯整理しまとめたつもりである。そして,筆者はここに取り上げた技術は調査官だけの技術にとどまらず,非行臨床に携わる心理臨床家,教育関係者,ケースワーカーといった専門家にも役立てられるのではないかと考えている。そのような意識で最初から最後まで書き通したつもりである。実際のところ,非行臨床の現場で働く人から,面接をどのようにしていけばいいのかわからないといったことを筆者はよく相談される。クライエントを主体とするカウンセリングの技法だけでは非行臨床は対処しきれず,再非行や不出頭といった問題を招きやすい。専門家の側もそもそも何が非行の背景にあるのかわからず,そのアプローチの方法もない状態となっていることもしばしば見受けられる。ましてや,本人の動機付けを高めたり,枠のなかに行動が収まるようにさせるために,専門家はいかにかかわればいいのかと問われるのである。筆者が本書で述べた調査面接の技法は,カウンセリングなどの受容と共感を主とする臨床面接とは違い,いわば,問題の核心に迫りそれを面接で明らかにしていく面接の技術である。仮説生成と仮説検証を基礎にしながら,いかに事実に接近していくかという技術は,これまであまり論じられてこなかった。そういう面でも本書の意義は大きいと考えるのである。さらに,枠の活用の仕方,報告や記録をいかに作成して伝えるかということにも力点を置いたが,これも非行臨床の大切な仕事の一つである。これらのことは非行臨床に限らず,一般の心理臨床にも十分に普遍化できるところがある。是非,本書を多くの人に活用していただければと願いたい。
 本書を書き終え,村瀬嘉代子先生が「聴きながら訊き、事実に出会うということ」というすばらしい添え文を書いてくださった。村瀬先生は筆者にとっては調査官としての大先輩であると同時に,臨床家としてのあこがれの人であり,とても尊敬している師匠(私が勝手に思っているだけ)でもある。繁忙きわまりない状況のなか,わざわざお言葉をいただけたことはこの上もなく嬉しい。そこに書かれてある「聴きながら訊き」という表現はまさに私が本書で言いたかったことをズバッと一言で言い表されている。本書の船出に光明を照らしていただいた感じがして非常に勇気付けられる思いである。村瀬先生には本当に心より感謝申し上げたい。
 そして,本書ができあがるに当たって,金剛出版の編集者である藤井裕二氏には並々ならぬご苦労をおかけした。刊行までの時間配分を考えずに作業をした筆者の責任が大きいが,同氏はそれを見事にカバーし無事出版することができた。よきパートナーである藤井氏がいてくれたからこそ本書ができたと思っている。そのことにも感謝の気持ちで一杯である。
 なお,本書は花園大学出版助成を受けて刊行された。阿部浩三学長をはじめとし,みなさんのご理解とご協力があっての完成となったことも忘れてはいけない。心より感謝と御礼を申し上げる次第である。最後に,本書が非行臨床の発展に役立てられ,社会が安心で安全な場所であると誰もが実感できるようになれることを祈りたい。

2011年3月 開花を待ちわびる季節にて  橋本和明