あとがき

はじめに:スーパーヴァイザー認定制度制定への本書の貢献
 本書,Robert E. Lee, Craig A. Everett 著『The Integrative Family TherapySupervisor : A primer』(2004)は,2008 年に日本家族研究・家族療法学会の機関誌『家族療法研究』第25 巻第2 号において日本で最初にその詳細を紹介したものである。監訳者の一人,石井千賀子が「米国における家族療法スーパーヴァイザー教育の文献紹介」と題し,概説した(家族療法研究,25-2 : 180-183, 2008)。
 当学会で家族療法家の育成が喫緊の課題とされていた当時,家族療法のスーパーヴィジョンは重要な役割を果たすと認知されていたが,文書化されたスーパーヴィジョンの参考文献は刊行されていなかった。先行研究では,家族療法各学派によるスーパーヴィジョンはスーパーヴァイジーの自己評価を高めるというミクロ・レベルの効果を目的としたものが多かった。しかし,当学会は,メゾ・レベルの学会組織としてのスーパーヴァイザー認定制度を模索している時期でもあり,スーパーヴィジョン学としての基盤を示せるもの,すなわち統合的スーパーヴィジョンを示唆してくれるものが求められていた。その動機から,多種多様の論文や著書の中から,本書を推薦するにいたったのである。
スーパーヴィジョンにおける人の理解の重要性
 2009 年に行われた家族療法研究・家族療法学会第26 回大会の学会企画シンポジウム『スーパーヴィジョンを考える』の中で,「スーパーヴィジョンについて」と題し,臨床心理,精神分析,ソーシャルワークなどの先行研究,スーパーヴィジョンの発展の経緯についてシンポジストの一人である石井千賀子が概説し(家族療法研究,26-1 : 21, 2009),本書を紹介した。本書は,スーパーヴィジョンについて,スキルや方法の範疇からスーパーヴィジョン学として構築するために,スーパーヴィジョンの原則である人間の尊厳の保持を打ち出し,スーパーヴィジョン・システムに包含される対象家族をはじめ,トレーニング指導者にいたるまでのすべての層の関係者間の交互作用を尊重している。これについて,本書では多世代構造というキー概念によって位置づけている。
家族療法のスーパーヴィジョン―統合的モデル―
 同年,当学会において家族療法スーパーヴァイザー資格制度制定への動きが活発化し,当学会機関誌の中で,児島達美(2009)が「家族療法スーパーヴァイザー資格制度の創出について」(家族療法研究,26-2 : 188-189)と題し,当学会での経緯を報告している。
 もう一人の監訳者に,2007 〜 2009 年まで当学会機関誌の編集委員長をしていたことから,福山和女が加わった。監訳者二人は実際に監訳協働プロセスでも,この多世代構造の交互作用の様を体験したことを申し上げたい。
 監訳協働プロセスにおいてもっとも重視したのが,家族療法の専門家や学術者で構成された評議員会に本書の翻訳をお願いしたことである。それぞれの訳者は家族療法の見解や視点に独自性があり,訳語に多様性がみられたが,監訳者二人は各理論による専門用語を尊重することに努めた。結果的には統合的スーパーヴィジョンとしての用語の整理が必要であることを強く意識させられることとなった。
 本書においては,監訳者の立場から用語の統一を試みたので,その詳細を以下に記す。
○統合的アプローチ/多世代的構造
 統合的アプローチに関して,「integrative」は,完全にする,集成的な,統合的な,という意味合いがあるが,本書では,各理論の独自性を尊重した統合をめざしていることから,「統合的」という訳語に統一した。
 多世代的構造の「intergenerational」は,複世代,世代間,世代相互のという意味合いよりも,スーパーヴィジョン・システムやトレーニング・システムが組織を超えた環境整備の中の関係者をすべて含むことから,多重性を意識して,「多世代的」と訳した。
○アイソモーフィズム・異種同型
 「isomorphism」は,アイソモーフィズムとカタカナ表記に統一した。和訳としては,「異種同形的」が訳者により提案されたが,類型的な視点を採用するということから,「異種同型的」を使用した。
○情動,三角形
 「emotion」と「triangle」については,両者ともMurray Bowen の家族システムズ論に基づき,藤縄他監訳『家族評価』(金剛出版,2001)を参照し,「情動」と「三角形」を用いた。
○スーパーヴィジョンをする,ないしはエンパワメントをする
 スーパーヴァイズする・エンパワーするとした訳者からの提案に対して,名詞の用語を和訳で動詞表記する場合には,名詞を目的語にして,用いることとした。
○コンテクスト・文脈/レジリエンス
 参考文献によると「context」や「resilience」は,コンテキスト,脈絡や文脈,またリジリエンスやリジリアンス,回復力,しなやかさなどが混在して使われていた。一方,訳者によってもさまざまであった。そこで,コンテクストとした。レジリエンスについては,多用されているものを採用した。
○メンター(指導者)/スーパーヴァイザー候補生
 「mentor」や「approved supervisor candidate」に関して,メンターについてはスーパーヴァイザーのスーパーヴァイザーという意味合いであるが,メンター(指導者)として統一した。また,認定資格取得のためのトレーニング中のスーパーヴァイザーを意味することから,スーパーヴァイザー候補生とした。
○スーパーヴァイジー,セラピスト,対象家族
 スーパーヴィジョン・システムの中では,スーパーヴァイジーと訳したが,トレーニング・システムの中では,セラピストと訳している場合もある。特に,ライブ・スーパーヴィジョンの場合,セラピーの臨床現場でクライエントに会っているということもあり,クライエントの家族を対象家族と位置づけ,スーパーヴァイジーとセラピストとを文脈に沿って使い分けている。
○コンピテンシー
 「competency」は,コンピテンシーと表記した。これは,人がもつ資質や能力を指すが,経済学などでは広義のコンピテンシーが用いられている。ここでは,適度な分別のある理解や行動をする能力をも含める。
○ダイナミクス
 「dynamics」は力動として捉え,名詞表現をする意味で,ダイナミクスと表記した。また,形容詞としては,ダイナミックと表記した。
多世代的構造に存在する価値本書では,家族療法スーパーヴィジョンの基盤として,13 の基本原則(第1章参照)が挙げられている。これは,多世代的構造をもつスーパーヴィジョンの展開ではスーパーヴァイザーが準じなくてはならない事柄が,明確に示されているものである。たとえば,スーパーヴィジョンは,@明確に規定された臨床的なトレーニング・システムであり,また,A安全な場を確保し,B段階的に関係性が発達し,Cヒエラルキーと権威性を含むダイナミクスで展開する。スーパーヴァイザーは,D倫理的原則に順じ,セラピスト,対象家族,臨床現場・機関,そして自身に対して同次元の責任をもつ,などが規定されている。
 13 の基本原則の中の上述の5 項目は,家族をシステムとして捉える専門家に対するスーパーヴィジョンの特性を反映していると考える。これらを本書の特徴として,また,家族療法スーパーヴィジョンの意義として,捉えたい。
本書に存在する価値(本書の特徴:監訳者の視点から)
統合的スーパーヴィジョン・モデル(第4章参照)
 このモデルでは,近年の多世代理論および発達理論のより広い資源を精査し,すべての主要な家族療法の独自の理論的資源を整理し,それらを直接的にスーパーヴィジョンの過程に適用している。この考え方は,質が高く,かつ調整された複合体であり,広範囲の家族療法スーパーヴァイザーとスーパーヴァイジーにとって有用であると述べられている。そのモデルが示唆する内容は,「読者である皆さんを説き伏せることができるであろうと考える。それは,トレーニング・システムの過程およびそれらの妥当性を明らかにして,理論および戦略と介入の一貫性を高め,読者が統合的な実践への道を切り開いていくことの手助けをすることである(p. 54)」と著者たちが統合的スーパーヴィジョン・モデルの効果を提示していることは興味深いものである。
 また,初心者スーパーヴァイザーについてその特徴を記し,臨床でのスーパーヴィジョン体験と多世代家族システムとしてのトレーニングとが,異種同型的で同時進行するとして,概念化する方法を教えることの有益さを,著者たちは見出したと力説している点は,スーパーヴィジョンのトレーニングにおいて,この統合的スーパーヴィジョン・モデルのもう一つの効果であると考えられる。
おわりに
 今後,さらに効果的なスーパーヴィジョン・モデルが日本内外の論文・文献等で提唱されると考えられる。その意味では,日本の実践領域に適したスーパーヴィジョンのモデルの開発が求められるであろう。実践現場でその開発・構築に向けて本書が貢献できるものであると信じている。
 統合的スーパーヴィジョン・モデルの適用範囲は,家族療法領域だけでなく,心理領域,社会福祉領域,医療・保健領域をも包含したものであると考える。そこで活躍している対人援助の専門家たち,家族療法家,医師,看護師,臨床心理士,ソーシャルワーカー(社会福祉士,精神保健福祉士など),ケアマネジャー,ケアワーカー(介護福祉士など)等の実践に対して,また育成に対してバックアップ体制の効果的モデルであるといえる。皆さんがこのモデルを参照し,各領域のスーパーヴィジョン実践に適用可能であるかどうかを検討していただけることを期待したい。
 本書刊行にこぎつけるまでに2009 年,2010 年をかけ,そして,2011 年3 月に初校完了を迎えたのであるが,3 月11 日の東日本大震災と福島原発事故から未曾有の被害を受けた。被災された人々や家族の失われた命の尊さ,すべての喪失に立ち向かうことの人,物,心のエネルギーや資源の大切さをひしひしと感じ,また,被災された人々や家族のために救助に当たる専門家たちやボランティア,知人,友人,他人とその家族を考えると,人のネットワークや協働体制の必要性ばかりでなく,これらの人々へのバックアップ体制の重要性も毎日再確認させられている。今回の被害の影響は,何年も人々や社会に及んでいくであろう。今後家族療法家として何ができるか,どんな責任を持っているかを熟考することが求められるだろう。
謝辞
家族療法学会評議員の皆さんの提案を受け,中村伸一会長のリーダーシップのもとに,本書の作製を開始しました。評議員の皆様に翻訳をお引き受けいただき,ここに協働完訳を迎えることができましたことは,多くの方々のご協力,励まし,また信頼を受けたことの賜物であると思います。特に本書の推薦文を楢林理一郎前会長にご依頼申し上げ,本書の意義について理論的,学術的価値を見落とすことのないようにとのご助言をいただきましたことは,監訳者として身の引き締まる思いを体験することになりました。また,初校,再校の段階できめ細やかなご助言をいただきましたことは,私どもにとって深い学習につながりました。ここに感謝申し上げます。FK グループ研究所(萬歳芙美子,對馬節子,荻野ひろみ,照井秀子諸氏),辻井弘美氏,金剛出版の高島徹也氏,北川晶子氏に特に感謝の意を捧げます。

福山和女
石井千賀子