解題

 本書は,ヘーゼルデン出版(HAZELDEN)が刊行しているアルコール・薬物依存症に対する自習ワークブック叢書「重複障害シリーズ(Co-occurring Disorder Series)」の一つ,スコット・ウィンター(A. Scott Winter)著“Understanding Dissociative Disorders and Addiction”の全訳である。
 ここでいう重複障害とは,物質使用障害と他の精神障害(たとえば統合失調症や気分障害,あるいは摂食障害など)が同時に併存している病態を指しており,暴力や自殺行動のリスクの高さから,現在,依存症援助の分野はもとより,一般の地域精神保健における重要なトピックの一つとなっている。
 しかし,ひょっとすると本書を手にとったあなたは訝しく思われたかもしれない。「海外の依存症治療のための自習ワークブックが訳出されるのはけっこうなことだし,重複障害も確かに重要なトピックだ。だが,なぜよりによって解離性障害との重複障害なのかに? 他に取り上げるべき重複障害があるのではないか?」
 もっともな疑問である。だが,もろちん,理由はある。それを説明するのがこの解題の目的である。

誰もが遭遇している厄介な患者
 最初に質問から入りたい。もしもあなたがメンタルヘルス問題の援助者であるならば,次のような症例に遭遇したことはないだろうか?
 20代女性。幼少期に養育者による被虐待歴がある。10代よりリストカットや火のついたタバコを皮膚に押しつけるといった,反復性の自傷行為が続いている。ときに,自分で自分の首を絞めるなどの,やや奇異ともとれる自殺企図らしき行動も呈する。
 摂食障害の症状も認められ,挿話性に拒食や過食嘔吐を繰り返している。また,複数物質に対する使用障害もある。10代よりアルコール乱用を開始し,一時は覚せい剤などの違法薬物も乱用した経験がある。ただし,最近の二,三年間は違法薬物の使用はなく,もっぱら頭痛を理由にして市販鎮痛薬を連日大量に乱用し,あるいは,複数の医療機関から入手したベンゾジアゼピン系薬剤を過量摂取しては,たびたび救命救急センターに搬送されている。
 気分変動が激しい。さっきまでうつむいて,いかにも自己主張が不得手で内気そうな態度だったかと思えば,一転,猛烈な勢いで怒りはじめる。また,一過性に「死ね」「殺せ」と,自殺や他害行為を示唆する命令性幻聴,あるいは,視野の端に黒い人影がすばやく横切るような幻視が出現することもある。こうした症状は小学生時代から存在したという。なお,患者本人の対人接触は自然で,精神科医の質問にも軽妙な皮肉をまじえた当意即妙の返答もできる。
 患者は,アルコール酩酊時には別人のように暴力的となることがある。事実,過去に何回か交際する男性に骨折などの重症を負わせたことがあり,警察沙汰にもなっている。しかし奇妙なことに,こうした一連の暴力について,本人にはまったく記憶がなく,自分がやったという実感もないという。
 あなたが精神科医ならば,この症例にどのような診断名をつけるであろうか?境界性パーソナリティ障害?摂食障害?物質使用障害?急速交代型の双極性障害?あるいは,これらのすべてが同時に存在する重複障害?
 では,症例に見られる,一過性の幻聴や幻視といった精神病症状についてはどう説明したらよいであろうか?境界性パーソナリティの小精神病挿話?統合失調症?覚せい剤乱用の後遺症によるフラッシュバック?それとも,市販鎮痛薬に含まれる何らかの薬剤成分が引き起した物質誘発性の精神病性障害であろうか?
 これはなかなか難しい問題である。いずれの病態ととらえても,どこか居心地が悪い感覚は否めない。さしあたってはっきりしているのは,平均的な精神科医の多くがもっとも「ご免蒙りたい」と思うタイプの患者である,ということくらいであろう。
 決してまれな症例ではないはずである。数年間,まともに精神科医をやっていれば,誰もが一度や二度はこの手の患者に遭遇しているはずの,ある意味,ありふれた厄介さである。このタイプの患者をもっとも容易に見いだせるのは,過量服薬による救命救急センター頻回受診者や依存症専門病院の対応困難患者のなかである。
 もちろん,一般の精神科クリニックや総合病院や大学病院精神科の初診患者のなかにも紛れ込んでいる。ただし,通常,そのかかわりは断続的なものにとどまる。というのも,このタイプの患者は,処方薬の乱用や頻回の自傷,医療者に対する攻撃的,操作的態度を理由に「診察お断り」となってしまう傾向があるからである。結果的に,このタイプの患者の多くは,その真の姿を見せることのないまま,援助者の目の前を通り過ぎてしまっているのではなかろうか?

解離性障害との出会い
 依存症専門病院に勤務していた頃,筆者はこのタイプの患者と何度となく遭遇した。そのほとんどはアルコールや薬物の乱用・依存を主訴として来院した女性患者であったが,いざ治療をはじめてみると,物質乱用・依存以上に,摂食障害の症状や自傷行為,過量服薬といった自己破壊的行動に翻弄され,抗精神病薬にまったく反応しない精神病症状への対応に苦慮することとなった。何よりも困ったのは,こうした患者の多くが,伝統的な集団依存症治療プログラムになかなか適応できず,最終的に治療からドロップアウトしてしまう者が多かったことである。
 なかには苦慮しながらも治療関係が長く継続した患者もいた。そのような患者に対しては,筆者なりに試行錯誤しながら治療を試みた。成功した症例もあれば失敗としか思えない症例もあった。しかし,そうした臨床経験のなかで,筆者なりにひとつ気づいたことがあったのである。それは,こうした病態の女性物質使用障害患者のなかには,深刻な外傷体験を抱え,結果として解離性障害に罹患している者がいる,あるいは,解離性障害の可能性を考慮して治療した方がよい者がいる,ということであった。
 たとえば,患者の顕著な気分変動がめまぐるしい人格変換によるものであったり,酩酊時の健忘を伴う粗暴行為が病的酩酊を装った攻撃的な交代人格の行動によるものであったりした。また,幻聴は交代人格の「声」であり,幻視は外傷記憶に関連した解離性幻覚であった。筆者が,彼女たちが次々に引き起す問題行動を何とかコントロールしようとして躍起になればなるほど,治療関係は支配/被支配の綱引きに陥り,皮肉なことに主治医が加害者と重なってしまい,交代人格による衝動行為を誘発させてしまうという体験もした。
 実際に,診察場面で交代人格をあらわにした患者も何人かいた。筆者は今でも生まれて初めて人格変換の場面に遭遇したときの驚きを鮮明に覚えている。正直,そのとき筆者は,「なぜそんな馬鹿げた芝居をするのだ」と,その患者に対して怒りを抱きかけた。しかし,演技にしてはあまりにもできすぎているその迫力に,次の瞬間には怒りは消え失せ,代わりに今度は,「どうしたらよいのかわからない」という強い不安,ほとんど恐怖に近いような強い感情に襲われたのであった。
 幸いだったのは,その1カ月ほど前,仲間の精神科医が主催した,神戸大学の故安克昌先生を招いた内輪の勉強会に,筆者が偶然出席していたことであった。ご存じのように,安先生は,早くから解離性同一性障害の臨床に精力的に取り組み,2000年に39歳の若さで夭逝した精神科医である。
 後になって思うと,筆者があのタイミングで安先生の話を聞けたという偶然に,何か神がかり的な縁を感じないではいられない。勉強会の折りには安先生の話に半信半疑の気持ちを抱いた筆者であったが,実際の診療場面で思いがけず否定しようがない現実を突きつけられて,緊張で震える声を懸命に抑えながら,安先生が教えてくれた方法を思い出し,勇気を出して丁寧に自己紹介をしたうえで,交代人格に名前を尋ねたのである。それだけではない。その人格の語る,主人格の知らない悲惨な外傷体験の話に耳を傾け,その人格が抱える深刻な悲しみに共感までした。
 「とうとう自分は『ルビコン河』を渡ってしまった」。診察が終わった直後,筆者が抱いたのは,そのような感慨であった。なにしろ,その診察で筆者が行ったことは,常識的な精神科医の同僚に話したら,「なぜそのような,ヒステリー症状を強化する対応をしたのか!?」と非難されかねない行動であるように思えたからである。
 しかし,奇跡が起こった。その日を境に,それまでどうにもコントロールできなかった,患者の多方向性の衝動的な問題行動は消失し,患者はまるで別人へと生まれ変わったのである。

解離性障害が併存する物質使用障害患者の特徴
 解離性障害が併存する物質使用障害患者には,いくつか特徴的な臨床像がある。まず,若年より物質乱用を発症しており,しばしば多剤乱用傾向が認められる。自傷行為や過量服薬,あるいは他害的な暴力といった衝動的行動を伴うなど,「多衝動性過食症」の病態を呈する者が少なくない。また,乱用物質の薬理作用だけでは説明ができない健忘や精神病症状を呈することがある。すなわち,市販感冒薬・鎮痛薬や揮発性の制汗スプレーといった精神病惹起作用がきわめて弱い薬物を乱用しているにもかかわらず精神病症状を呈したり,さほど大量の飲酒をしているわけではないのにブラックアウトを呈したりする。
 上述した臨床像と多少とも重なる患者がいた場合には,さらに詳しく観察や問診をし,解離性障害,とりわけ解離性同一性障害の可能性を検討していく必要がある。
 まず,診察室での訴えの内容が手かがりになることがある。典型的な愁訴は,すでに述べたように頭痛である。慢性的な頭痛に対処するなかで市販鎮痛薬の乱用・依存を呈するに至ることも少なくなく,高度な依存を呈する患者のなかには,鎮痛薬を求めて複数の医療機関を受診したり,薬局で市販鎮痛薬を万引きするようになる者もいる。頭痛は,交代人格が前に出たがっている状況でさらに増強する傾向がある。また,原因不明の身体的疼痛が見られることもあり,これは,過去の身体的暴力を受けた際の疼痛がフラッシュバックしたものである可能性がある。
 性行動や服装に関する情報が手かがりになる場合もある。解離性同一性障害患者では,主人格と反対の性を持つ交代人格が存在することが通常である。したがって,そのような交代人格が通常の異性愛行動をとれば,それが周囲には「同性愛行動」として映るであろうし,その服装に対する嗜好が「服装倒錯」と誤解されることもある。ときには,女性患者のなかに存在する男性の交代人格が,女性らしい自身の身体を嫌悪して胸にサラシを巻いたり,主人格と交代人格の妥協によって,どちらにとっても支障の少ない中性的な服装を好んで身につけるようになることもある。
 強調しておきたいのは,精神病症状こそが解離性同一性障害を示唆する重要なサインということである。コリン・ロスによれば,解離性同一性障害患者ではシュナイダーの一級症状は平均して3〜6個認められ,これは統合失調症の平均1〜3個よりもはるかに多い数である。解離性障害で見られる幻聴は,しばしば交代人格――もしくは,心的外傷に対する解離反応によって,主人格の意識活動から隔離・区画化された部分――の声である。それは,主人格に何らかの行動を指示する命令性幻聴として体験され,複数の交代人格間で議論が生じれば,対話性幻聴として体験されることもある。患者は,「頭の外から」ではなく,「頭のなかから」聞こえていると訴えることが多い。また,「実は,幼少時から幻聴があった」という告白は,解離性同一性障害の存在を強く示唆するものである。
 注意すべきなのは,平均的な精神科医は,多少でも覚せい剤などの乱用歴があると,たとえ最終使用から相当に時間が経過しており,薬理学的に説明困難な病態であっても,薬物誘発性精神病や後遺症によるフラッシュバックなどと決めつけがちである,という点である。また,交代人格に身体を支配され,主人格の能動性が奪われている場合には,それが主人格にとって「作為体験」として感じられることもある。陽性症状だけでは,解離性同一性障害と統合失調症との鑑別は難しいと心得る必要がある。
 他に解離性障害全般に広く見られる症状として念頭に置くべきものとして,自傷行為がある。自傷行為がもたらす身体的疼痛には解離状態からの回復を促す効果があり,交代人格の顕現を抑えるために,頭部を激しく壁にぶつけるなどの自傷行為が必要とされることもある。また,迫害者人格による主人格を殺害しようとする行動が,自傷行為として認識される場合もあろう。注意すべき点は,自傷時に疼痛を欠いていたり,自傷時の記憶が曖昧,もしくは完全に欠落していることである。さらに,自らの手やタオルで縊首におよぶ,やや奇異な自傷行為の様式も特徴的である。
 過量服薬もめずらしくない。迫害者人格による幻聴を消そうとしたり,ポップアップ(全交代人格が前に出るのを嫌がり,めまぐるしく人格交代をする現象)に対処しようとするなかで,向精神薬を短時間に続けざまに追加服用し,結果的に過量服薬となってしまうことがある。
 それから,解離性同一性障害患者の多くが,さまざまな程度の食行動異常を呈し,あらゆる病型の摂食障害を呈しうる。肥満恐怖ややせ願望から拒食や過食・嘔吐におよぶ者がある一方で,肥満恐怖ややせ願望とはあまり関係なしに,挿話性の拒食を呈する者いる。また,外傷記憶の恐怖に対処するために過食したり,性的虐待などの外傷記憶に関連する心身症症状として自己誘発嘔吐を呈したりする者もある。
 そして最後に忘れてはならないのが,独特な物質乱用のあり方である。アルコールやベンゾジアゼピン系薬物の摂取は,しばしば「化学的解離」ともいうべき抑制解除をもたらして攻撃的な人格の出現を促し,他害的暴力や自己破壊的行動を呈することがある。また,ある一つの交代人格が物質乱用の問題を持っていて,主人格はいっさいアルコールを口にしない,あるいは,人格ごとの好みの物質が異なるという現象もありうる。さらに,アルコール・薬物への耽溺が顕著な人格が休眠状態に入ると,まるで「憑きものが落ちるように」物質乱用が止まることもある。その際には,深刻な生理学的依存を呈している患者でもまったく離脱症状を呈さない,という不思議な現象が認められる。
 ちなみに,実際に交代人格が出現した場合には,次の4つのポイントを押さえて,丁寧に対応するとよい。第一に,援助者自身は,存在理由のない交代人格は存在しないということを理解し,そもそも交代人格は,耐えがたい強烈な苦痛による自殺を回避するために出現したことを忘れてはならない。第二に,人格統合や外傷記憶の除反応を強引に行わない。第三に,治療者はつねに,診療場面に登場しない他の交代人格が聞いている――実際に聞いている場合が少なくない――可能性を念頭に置き,決して特定の人格を依怙贔屓せずに公平に接する。そして最後に,患者の前では,交代人格のことを「人格」とは呼ばずに「部分」とか「存在」という表現で呼ぶように努める。このことは,「全体としてのあなたは一つ」というメッセージを送り,行動に関する責任の所在を明確するように努めることである。

解離性障害が併存する物質使用障害患者への対応――二つの「否認の病」
 意外に知られていないことであるが,解離性障害と物質使用障害には共通点が多い。何よりもまず病因が共通している。すなわち,いずれの障害に罹患している者も,幼少期に虐待やネグレクトといった苛酷な生育歴を持っている者が多い。それから,その効果・機能という点でも共通点している。解離と物質乱用のいずれも,苛酷な生育環境に起因するさまざまな苦痛から逃避するのに有効な方法なのである。
 これらの共通点からも推測されるように,この二つの障害はしばしば同時に存在する。現にロスは,解離性同一性障害患者の少なくとも3分の1はアルコール・薬物の乱用・依存が認められ,重篤なアルコール・薬物依存患者の55.7%に解離性障害の併存が認められたと報告している。
 共通点はそれだけにとどまらない。両者は,「否認の病」という点でも共通している。
 解離性障害は,本人によって否認されやすいという意味で,物質使用障害と非常によく似ている。かねてよりアルコール・薬物依存症は「否認の病」といわれ,依存症者本人はともすれば事態を過小視,矮小化する傾向があるが,解離性障害患者もまた,自分に別の人格があるということをなかなか認めたがらない傾向がある。すでに交代人格同士はお互いの存在に気づき,ときには情報の交換や記憶の一部を共有するに至っている場合でも,主人格だけは「つんぼ桟敷」に取り残され,自分の能動性・主体性が他の人格に制限されているという事態を否認しようとする傾向がある。
 また,この二つの障害は,援助者によっても否認されやすい。たとえばアルコール・薬物依存症は,その分野に詳しくない精神科医に看過されやすい。たとえその精神科医が気づいていても,「依存症は病気っていうけど,基本的には本人の責任なのでは?」「このくらいでは依存とか乱用とかいわないのでは?」「確かに物質使用障害は問題だけど,統合失調症やうつ病の方がはるかに問題」といった調子で,物質使用障害に対する介入を控えてしまう。「自分が見たくないものは見えない」ものなのである。
 同じことは解離性障害にもあてはまる。安らは自験症例の検討から,わが国の最初に精神科医療機関を訪れて解離性同一性障害と診断されるまで平均4.6年を要していたと報告している。気づくのに時間がかかる最大の理由は,その兆候が見いだしがたいほど,ささやかだからではない。むしろ問題は,援助者の側にある。わが国の精神科医のなかには,解離性同一性障害を詐病,もしくは,一部の「物好き」精神科医の過剰診断が作り出した医原性疾患と考える者が今だに多く,症候を視野におさめながらも,一種の選択的無関心によって看過されたり,「解離症状かもしれないけど,反応性,一過性のものであって,わざわざ解離性障害と診断するほどではない」という判断になってしまう。
 悲劇は,この二つの障害に対する援助者の「否認」が,患者に対して同時に向けられたときに起こる。行く先々での叱責や説教,さらには,「診察お断り」に象徴される精神科医療ネグレクトの被害に遭遇した患者の一部は自殺し,別の一部は精神科医に頼らずに苦痛の軽減をしようと考え,複数の医療機関からさまざまな向精神薬を入手し,不毛な乱用に溺れる。さらに別の一部は,苛酷な状況を生き延びるのに適した攻撃的で敵意に満ちた交代人格を固定化させて,反社会的な生き方を選択するであろう。
 確かに,解離性障害が併存する物質使用障害患者の治療は容易ではない。これら二つの障害は相互に病態をエスカレートさせ,それによって病像は混乱をきわめる。しかも,患者の多くが自殺を考えるほどの苦痛や困難を「生き延びるために」アルコールや薬物を乱用してきたために,単に断酒・断薬するだけでは治療は終結しない。事実,断酒・断薬後に自殺念慮が出現し,自殺既遂に至った症例は少なくない。
 しかしその一方で,唐突に明るい展開が訪れることもある。良好な治療関係が長く継続するなかで,あるときアルコール・薬物の乱用が突然止まる。これは,精神作用物質に対する嗜好を持たない交代人格へと人格変換が起こったり,自然に人格統合が生じたりしたためである。
 いずれにしても,治療にあたって大切なのは,何よりもまず,援助者が「否認」しないことである。解離性障害の併存に気がつき,援助者が真摯に向き合って理解することで,最悪の事態は回避できる。本人が繰り返す,一見,悪意に満ちているとしか思えない問題行動の背景にあるものが理解できれば,頭ごなしの叱責や説教をしなくなり,医原性の悪化や治療からのドロップアウトを回避することができるであろう。
 患者自身が「否認」を克服することの大切さはいうまでもない。そのような作業には,今回訳出したワークブックが活用できるであろう。もちろん,このワークブックだけでは,本稿冒頭に紹介したような,衝動的な患者を治療することはできない。しかし,このワークブックを用いることで,援助者と当事者はそれぞれの否認から解放され,真の問題解決に向けた第一歩を踏み出すことができるはずである。

ヘーゼルデンのワークブック
 ここで,本書を刊行元である「ヘーゼルデン出版」について説明をしておきたい。
 ヘーゼルデン出版は,1949年に米国ミネソタ州で設立された依存症治療センター「ヘーゼルデン」の出版部門である。ヘーゼルデンは,アルコホリクス・アノニマス(Alcoholics Anonymous; A.A.)の理念を中軸に据えた治療によって知られる依存症治療施設の一つであり,その治療論はミネソタモデルと呼ばれている。
 ヘーゼルデンの名声は,単にその治療内容だけによるものではない。1960年代以降,同施設では,専門家の教育やアディクション関連問題に関する書籍の出版にも力を入れ,今日,あらゆる国で依存症援助の指導的立場にある者の多くがヘーゼルデンの研修を受け,その出版物によって多くの学びを得た経験を持っている。要するに,あらゆる意味において,ヘーゼルデンは依存症援助に携わる者にとっての聖地といってよい。本書訳出にあたった小林と松本の二人も,やや遅まきながらではあるが,2007年にヘーゼルデンを訪れ,施設見学を兼ねた研修に参加している。
 実は,ヘーゼルデンのなかでもっともエキサイティングな場所は書店である。そこにはヘーゼルデン出版が刊行した膨大な数のワークブックが陳列,販売されているからである。たとえばアルコール,覚せい剤(メタンフェタミン),コカイン,ヘロインなどといった乱用物質別の依存症治療ワークブック,子どもや女性の依存症といった特殊な病態を想定したワークブック,さらには治療導入初期に用いるワークブックや,単にアルコールや薬物をやめるだけにとどまらず,生き方を変えるためのワークブック……。
 ヘーゼルデンのワークブックには,いずれも長い依存症援助の経験や回復者の言葉から摘み取られた珠玉の言葉と知恵が詰まっている。だから,海外からヘーゼルデンを訪れた援助者は,誰もがそこで多数のワークブックを買い込むのがお約束となっている。そして,ご多分に漏れず,2007年の訪問時,私と小林もまた多数のワークブックを買い込んだ。おかげで,二人とも,帰国に際してスーツケースが閉まらなくなるトラブルに見舞われ,空港で途方に暮れなければならなかったほどである。

なぜ重複障害なのか?
 ところで,われわれが購入したワークブックは,主に重複障害に関するものであった。なぜ重複障害患者を対象とするワークブックを多数購入したのか? 理由は簡単である。まさにこの問題こそ,わが国でもっとも立ち後れている分野だからである。
 わが国の平均的な精神科医療関係者は,アルコール・薬物依存症患者に対して強い苦手意識と忌避的感情を持っている。実際,統合失調症患者であればいつもすみやかに入院治療を引き受けてくれる精神科病院であっても,その患者にアルコール・薬物関連問題が重複していることをつけ加えた瞬間に,つい数秒前までは存在したはずの空床が突然消失する,という超自然的な現象が発生する。
 結局,こうした患者を引き受けるのは依存症専門病院しかない。しかし,専門病院の治療プログラムは集団療法を主としており,重複障害患者を想定した内容とはなっておらず,患者のなかには,集団療法に適応できずに治療プログラムからドロップアウトしてしまう者も少なくない。 その結果,重複障害の患者は一般精神科医療システムと依存症治療システムの狭間からこぼれ落ちてしまうわけである。
 これは,医療機関同士の患者の押しつけ合いにとどまらない問題である。医療からこぼれ落ち,拒絶された重複障害患者は,ダルク(Drug Addiction Rehabilitation; DARC)をはじめとする民間回復施設へと流れ着くこととなるが,ダルクは決して医療機関ではない。現在,全国約60カ所にまで広がったダルクは,どこでも,薬物依存症者にきめ細やかなケアを提供しているが,そうはいっても限界がある。精神状態が悪化したダルク利用者をすぐに診てくれる精神科医療機関を見つけるのは容易ではない。要するに,一番しわ寄せを食らっているのは,ダルクの当事者スタッフなのである。実際,疲弊し,「燃え尽き」へと追い込まれたスタッフは少なくない。
 当事者による民間回復施設や自助グループによる支援が全国に展開する今日,医療機関に求められる役割は,何よりもまず重複障害患者の治療ではなかろうか? そのような考えにもとづいて,われわれは,わが国独自の重複障害患者を対象とする治療プログラム開発の準備として,まずは,この,ヘーゼルデンの重複障害シリーズのワークブックを順次訳出しようと考えたのである。本書「解離性障害とアルコール・薬物依存症を理解するためのセルフ・ワークブック」は,その最初の一冊ということになる。

本書訳出の経緯
 さて,今回の訳出であるが,実は,企画が決定した時点ですでに筆頭訳者である小林桜児の手によって全体の訳文案ができあがっていた。筆者の仕事は,その訳文案に加筆修正を行い,解題を執筆する(まさにいま書いているこの文章である)ことだけであった。その意味では,この訳業は本質的に小林桜児の努力の賜物である。
 一方,われわれは,精神科医であるということ以外,本書の著者A・スコット・ウィンター(A. Scott Winter)に関する情報を入手することができなかった。インターネットでしつこく検索をしても,同姓同名の者こそいたものの,物質使用障害治療の専門家らしき人物でこの名前を持つ者はいなかったのである。
 「A. Scott Winter」なる名前はペンネームなのかもしれない。ヘーゼルデン出版の刊行物ではよく見られる現象だが,患者としてヘーゼルデンを卒業した優秀な専門家が,匿名で執筆していることがあるのである。その気になれば,元依存患者の精神科医としてマスコミの関心を集めることもできるはずなのに,あえて個人の売名を避ける謙虚さが,A.A.の「12の伝統」を遵守する回復者ならではの態度といえるかもしれない。
ともあれ,今回,われわれ二人の急な思いつきに対して,迅速に対応してくれた金剛出版社長 立石正信氏に心からの感謝を捧げたい。氏にはこれまでも何度となくすばらしい機会を作っていただいたが,とりわけ今回のようなマニアックな企画を引き受けてくださったその見識には驚くばかりである。
 本ワークブックの刊行により,われわれは,「厄介な患者」を忌避し,口当たりのよい患者だけを依怙贔屓しがちな,わが国のメンタルヘルス問題の支援体制を変えていくための,最初の一歩を踏み出せたと信じている。

2010年11月 訳者を代表して 松本俊彦