はじめに

 本書の執筆動機は、ごくシンプルなものである。ここに、終末期がん患者の実存的苦痛を緩げるために有効な精神療法的アプローチがある。しかし、日本において死はいまだにタブー視されている場合が多い。となると、緩和ケアを提供する人々はそれを敏感に感じ取り、なかなかご本人にそれを持ちかけることができない。一方、そこで遺される文書はどれもこれも、人々のこころに強く響く。では、何をすべきか? 死にゆく人へのこのようなプログラムがあることをまず啓蒙するのが一つの手ではないか。そうすれば、がん患者さんの中には、自らこのプログラム、ディグニティセラピーに挑戦してみようと、私たち、緩和ケア提供者を訪ねて来られる人も少なからずみえるのではなかろうか。つまり、この出版自体が臨床介入になる。
 私がディグニティセラピーについて知ったのは、二〇〇六年五月二五日である。なぜその日を特定できるかというと、名古屋市立大学病院精神科の明智龍男准教授からいただいたチョチノフ論文のダウンロードの日付があるからである。翌週に第一例を施行したことになる(本書第四章)。翌年二月三日には日野原重明先生を中心としたピースハウス病院のワークショップでチョチノフ博士にお会いし(1)、さらに二〇〇八年七月五日には栗原幸江さん(静岡がんセンター)のお口添えで博士の日本緩和医療学会のランチョンセミナーの座長をすることにもなった(2)。もちろん、そのあいだに明智先生の厚労省研究班でディグニティセラピーを続けることになった。正に、One thing leads to anotherである。
 二〇一〇年春、チョチノフ博士にメールで本書への協力を依頼すると、即座に快諾された。博士のディグニティセラピーに関する代表的論文三本を私が第一部に訳出し、第二部には私と患者さんが一緒に書き上げた文書のうち、生前に一般公開を承認された方とご遺族より掲載許可をいただけた方のものを収録した。出版に際しては、金剛出版社長立石正信氏の後押しを得て、同出版部伊藤渉さんの協力を得た。さらにソウル女子大学の金有淑教授は本書の訳出を終えられ、六月には刊行予定である。皆さんに心より感謝申し上げたい。
 本書第二部を読まれた方々の多くが、ディグニティセラピーを好ましいものと感じ、ご自分の、ないしご家族をはじめとする大切な人びとの最期を迎えるにあたって本プログラムにチャレンジされることを、心より願う。また、第一部と第二部のQ&Aは、ディグニティセラピー施行経験のない緩和ケア提供者にとって、入門書(3)の代わりも果たすだろう。

二〇一一年三月一一日 小森康永


文 献
1 小森康永「エンドオブライフケアと尊厳」教育医療、三三巻三号 六‐七頁、二〇〇七。
2 小森康永「チョチノフ教授、医療に携わる専門家としての心得を語る」小森康永『緩和ケアと時間』、一八三‐一九一頁、金剛出版、二〇一〇。
3 Chochinov HM: A Handbook on Dignity Therapy. Oxford University Press, (in press).