はじめに

 非行臨床は,大きな課題を抱え新潮流を生み出しつつある。
 非行臨床の目的であるリハビリテーション機能は,「少年院帰り」といった社会的烙印を押されていたり,就労に必要なソーシャル・スキルが欠如していたりするなどの社会的障害を的確に受け止め,非行少年の立ち直りを援助するものである。すなわち,裁判により黒白をつけられた段階から,社会的支援による「ぼかし機能」によって非行少年に貼られたレッテルを曖昧にして,家庭での「居場所感」を取り戻し,学校や職場に復帰できる環境を整えることである。このような社会・家庭との絆を確保することが,再非行を抑止する王道であることは実証的に明らかにされてきた(生島浩『非行臨床の焦点』金剛出版,2003)。
 一方,非行臨床が再非行の抑止のために,的確なアセスメントによるリスク・マネジメント機能を持つことも明白である。だが,悪い友だちの誘いに乗ったというような「理解しやすい非行」では社会の安全感は損なわれないので,モニター(監視)を伴うマネジメント機能を強化するよう求められることはない。しかし,マスコミで大きく報道される重大非行のうち「理解しがたい非行」,特に,非行少年に発達や人格上の大きな偏りがあり,後悔や反省が語られることのない事案への対応が喫緊の課題となっている。
 「ぼかし」を促すリハビリテーションと「モニター」を伴うリスク・マネジメントといった相克する機能の折り合いを図りながら,専門機関としての説明責任を果たしていくためには,「実証的に支持された処遇(Empirically Supported Treatment)」の導入が必要不可欠である。具体的には,非行問題を抱える青少年を取り巻く仲間,学校,近隣の人々など多様なシステムに働きかけるものであり,そのエッセンスは,家族への介入であることが,欧米の実証的研究でも明らかとなっている。編著者の三人は,現在は大学教員であるが,保護観察官・家庭裁判所調査官としての長い臨床経験から,リスク・マネジメントの実務にも精通し,さらには,システム論に基づく家族臨床を中核としたシステムズ・アプローチをわが国でいち早く非行臨床に導入・展開してきたものと自負している。
 本書は,生島が研究代表者となった平成19〜21年度科学研究費補助金研究「非行臨床における精神障害に関わるリスク・アセスメントと処遇に関する実証的研究」の成果がもとになっている。廣井亮一・岡本吉生の両氏が研究分担者として加わり,それぞれの実践領域で調査研究を重ねたほか,平成20年11月にはオーストラリア・ビクトリア州において「ジャスティス・クライエント」と呼ばれる対象者への刑事司法と福祉が協働してアプローチする先進的取り組みを実地調査した。当然のことながら,われわれの最終目標は,一個人の試行ではなく,わが国でのシステミックな展開であり,新たな非行臨床モデルの提示を気鋭の研究者と実践者に依頼し,研究グループが編著者となったものが本書の成り立ちである。
 第T部は廣井亮一氏が「ジャスティス・クライエントへの『司法臨床』の展開」と総論を展開し,水藤昌彦氏「知的障害のある非行少年への司法と福祉の協働した対応」,森久智江氏「障害のある非行少年の司法手続と処遇について」,小柳武氏「矯正施設における知的障害者の処遇」と,障害のある非行少年・犯罪者に対する臨床モデル構築に向けて,制度論を中心に基礎的検討を行った。
 第U部は,岡本吉生氏が「非行リスクとしての障害と関連問題」で実践課題のまとめを行い,田邊昭雄氏・小柴孝子氏「学校における問題行動への対処と非行予防」,坂野剛崇氏「触法・低年齢少年の非行の特徴」,佐藤伸一氏「非行少年の当事者モデルによるアセスメント」と,学校,家庭裁判所,少年鑑別所など多様な臨床現場での非行リスクを抱えた子どものアセスメントについて論じた。
 第V部は,筆者が「非行臨床モデルの意義と課題」で問題提起を試み,河野荘子氏「非行からの離脱とは何か」,小原多須奈氏「矯正教育の新潮流」,石井智之氏「非行少年の地域生活支援に向けて」と非行少年の立ち直りに焦点を当てた論述を集めた。
 研究課題の発達障害・精神障害に関わる非行に限定されることなく,「システムズ・アプローチ」を基本理念として,多機関連携を主軸とする非行臨床における新たな手法を「非行臨床の新潮流」と称して明示したつもりである。海外の先進的な実践も紹介されてはいるが,実務家による検討が加えられており,わが国での導入・展開に配意したものとなっている。
 本書が,冒頭に掲げた非行臨床の課題解決に応えるものとなり,それに関わる者はもとより,医療・教育・福祉などの関連領域の専門家にとっても有用であり,真に実証的に支持された「リスク・アセスメントと処遇」の実現に寄与することを期待している。

大震災の地にあって非行臨床家の役割を思いつつ 編著者を代表して 生島 浩