あとがき

 本書のタイトルになっている『非行臨床の新潮流』とは,編著者3名による共同研究を2007年に立ち上げた際に,代表者である生島浩氏が研究の全体像を示す名称として付けたものである。非行臨床の最先端を論じるにあたって,「新潮流」とはまさに時機にかなうものであった。
非行や犯罪に関する新潮流をキーワードにするならば,「発達障害」「(少年)司法システム」「リスク・アセスメント」になろう。この三つのキーワードを集約するような二つの重大少年事件について,2006年10月に次のようにそれぞれの司法判断が下されている。
 逆送(検察官送致)後の裁判で大阪地裁は,寝屋川教職員殺傷事件を起こした広汎性発達障害のある少年(18歳)に対して刑事責任能力を認め,「犯行の悪質性,結果の重大性に照らすと保護処分の域を超え刑事処分によるべきである」と判断して懲役12年の判決を下した(2007年11月に二審判決で懲役15年が確定)。そのうえで,犯行の背景には特定不能型広汎性発達障害の影響があったとして,少年刑務所に少年の広汎性発達障害を治療するように求める異例の意見を述べた。
 その1週間後,奈良家裁は,奈良母子放火殺人事件を起こした広汎性発達障害のある少年(16歳)に対して,三人を死亡させた結果の重大性からすれば逆送もあり得るとしたが,「(幼少期からの父親の暴力などの)成育環境が,長男の性格の偏りを生じさせ,長男を本件非行に走らせた要因の一つとなっている」として保護処分を選択した。精神鑑定で指摘された広汎性発達障害については,「犯行の実行場面では,広汎性発達障害という生来の特質による影響が強く現れている」としながらも,その専門的治療は必要ないとして医療少年院ではなく中等少年院に送致した。
 広汎性発達障害の少年事件をめぐるこの苦渋に満ちた二つの司法判断に示されるように,現行の少年司法システムは,発達障害などを伴う非行少年の質的変化に応じたリスク・アセスメントやマネージメントがなされていないのである。その後も現在に至るまで,同様な少年事件が起きるたびに,少年司法は混迷を深めるばかりである。
 周知のとおり,発達障害自体が非行や犯罪の要因ではなく,家庭環境や学校適応における二次的障害として問題行動が立ち現われてくるものである。そのために発達障害などの疑いのある子どもが問題行動を起こさないように,リスクのアセスメントとマネージメントによる予防が必要になる。
 さらに,発達障害などのある非行少年に対しては,新たな少年司法システムの確立に留まらず,家庭,学校,地域などソーシャル・インクルーシブなシステムによって少年の更生を目指すことが求められる。複雑多様化する犯罪や非行の世界に接近するには,もはや司法領域だけでなく,教育,医療,福祉領域とのコラボレーションが必要不可欠であり,今後さらにさまざまな学際性が要求される。
 本書の三部構成に,現代の少年非行の三つのキーワードに対する指針が示されている。本書がこれからの非行臨床の新潮流となり,さらに大きなうねりとなって展開していくことを期待したい。
 執筆者は,多忙極まる臨床・研究家であり,まずは,福島・京都・東京で開催したシンポジウムでの報告,新たに論考という形でのまとめに感謝したい。2009年12月の東京のシンポジウムでは,中村伸一氏(中村心理療法研究室長)から,「家族臨床から非行を考える」と題する報告をいただき,有益な示唆を得た。また,東北大学大学院文学研究科の大渕憲一教授にも研究指導を頂いていることを付記しておきたい。
 最後に,編集部の高島徹也氏には共同研究の立ち上げの段階から本書の完成に至るまでの4年間にわたってお世話になった。早くから原稿をいただいていた執筆者にお詫びするとともに,心より感謝し御礼を申し上げる。


編著者 岡本吉生・廣井亮一