まえがきにかえて―繰り返すことの大切さ


石垣琢麿

 本書を手に取られた読者のなかには,みなさんにとって必要な目標やそれに至る方法,あるいは注意点などが何度も繰り返し出てくることに,驚かれたりうんざりされたりする方もいらっしゃるのではないかと思います。その気持ちはよくわかります。しかし,もしかすると心理療法に関する2つの誤解がその気持ちに影響しているかもしれません。ひとつは「心理療法やカウンセリングは,自分の気持ちをすぐにすっきりさせてくれるに違いない」という誤解です。もうひとつは「心理療法やカウンセリングは,うまくやれば直線的にどんどん改善するに違いない」という誤解です。
 心理療法のテクニックのなかには,ごく短い期間で問題を解決するために開発されたものもあり,それはそれで効果が認められています。しかし,そのテクニックがうまくいくためにはいくつもの条件があります。特に,長い間の気分変調に悩まされてきた方々は,すぐに結果が出る方法を希望されるでしょう。しかし,実はそこが落とし穴なのです。みなさんの心は,長い間抱えてこられた悩みによってかなり地盤が弱くなっています。ちょっとしたことで地滑りを起こしかねない状態になっているのです。それをしっかりと固めて心の健康を取り戻すためには,やはりそれなりの時間がかかります。
 また,私の臨床経験から言わせていただければ,うつのような気分変調が「直線的にどんどん」良くなるのはかえって不自然です。短い時間間隔で考えれば,次のセッションまでの間にもいろいろな感情の動きがあって当然です。長い時間間隔で考えれば,半年後の気分の状態を完全に予測することは不可能です。うつが寄せては返す波のようなものだとすれば,それをつかまえて飼い慣らすには,ある程度相手に歩調を合わせる必要もあります。もし心理療法の効果が「直線的にどんどん」現れたら,どこかで無理をして,不自然な状態になっているのかもしれません。
 こうしたうつの特徴を理解してうまくつきあっていくのは実際に難しいものです。どうしても練習が必要です。そして,その練習を繰り返さなければなりません。しかし,それを実行できれば,心の地盤がしっかりして,ちょっとやそっとの衝撃にはびくともしなくなります。もっと正確に言えば,心が柔軟になって衝撃をやわらげることができるようになります。最近の高層建築でよく使われている免震構造があなたの心に備わるのだと考えてみてください。
 本書に書かれている認知行動療法の練習を何度も繰り返してください。この練習はおひとりでも十分できます。しかし,気分がすぐれなかったり,気力が萎えているときは,誰しも「面倒くさいなあ」と考えたり「私にできるだろうか」と不安になったりするものです。それを乗り越えるためには,あなたの身近な人(家族,恋人,友人,同僚)の協力も大切ですし,あなたに伴走してくれるトレーナー(カウンセラー)と,あなたと一緒に練習する仲間も大切です。本書は,認知行動療法の練習を仲間と一緒に実践するためにも役立ちます。
大島さんと安元さんの手によって,本書はとてもわかりやすく,しかも大切なエッセンスがぎゅっと詰まったトレーニングブックに仕上がっています。本書は,みなさんの心の健康を回復したり維持したりするのに大いに役立つことでしょう