CBTの本質を再確認する旅の終わりに

 私が認知行動療法(CBT)を学び始めた20年前とは時代が大きく変わり,日本においては特に今世紀に入りCBTが広く世に知られるようになって,今ではCBTをテーマにした本が山のように出版されています。それはCBTを多くの人に広めるにあたって喜ばしいことではありますが,反面,数多く出版されている“CBT本”の中から,一体どれを選べばよいのだろう,という悩みをもたらしています。また「現在CBTがブームである」という出版サイドの認識から(「今,CBT本を出せばそこそこ売れる」「いつブームが終わるかわからないのだから,今のうちにCBTの本を出しておかねば」という発言を,複数の出版関係者の方から聞いたことがあります。本を売ることが商売なのですから,これはこれで健やかでまっとうな認識だと思います),ここ数年,数多くのCBT本が出版されており,私もなるべくそれらの本に目を通すようにしていますが,率直に言って「似たような本がすでに出ているのに,なぜこの時期にこのような本をわざわざ出版する必要があるのだろう?」と思わせるような本が少なくありません(もちろん私自身が執筆した本も他の人にはそう思われているのかもしれませんが……)。
 したがって本書の執筆者である大島郁葉先生と安元万佑子先生が,本書の企画を持って相談にいらしたとき,失礼を承知で上記の思いを率直に申し上げ,「もし新たにCBTの本を作るとしたら,それにはどのような独自性や意義があるのですか?」と質問させてもらいました。するとお二人は次のようなことを即答されました。

 自分たちはCBTを臨床で実践することを通じて,認知や行動を変えることの意義以上に,自分の認知や行動の有り様を当事者が理解すること(すなわちアセスメ
  ント)がいかに重要かということを学んだ。そのことを本書で強調したい。特にグループでCBTを実践するためのテキストは何冊も出ているが,アセスメントの重要
  性とそのやり方を具体的に示した本はまだ出版されていないと思う。その意味でこの企画は意味があると思う。

 この回答に私は深く納得し,監修者として本書の執筆に関わらせてもらうことになりました。その際,お二人にもう一つお尋ねしたのは,
「せっかく関わるのであればきちんと関わりたい,つまり相当口うるさく関わらせてもらうがそれでもよいでしょうか?」ということでした。行きがかり上「いやだ」とは言えなかったということもあるのでしょうが,お二人は私からのそのような申し出を快諾してくれ,そこから長い旅が始まったのでした。
 もちろん旅の主役はお二人です。旅の合間に洗足のオフィスまでいらしてくださり,旅の成果を共有させてもらいつつ,予告通り私は「小うるさいCBTおばさん」と化して,あれこれと口出しをさせてもらいました。せっかく頑張って書いた原稿を書き直すのは,新たに原稿を書くよりさらに大変な作業だったりもするのですが,お二人とも少なくとも私の前では弱音の一つも吐くことなく,指摘箇所は次にお目にかかるまでに見事に改良されていました。このような作業が続き,完成原稿が増えていくにつれ,「これは素晴らしい本ができそうだ」という当初の予感が確信に変わっていきました。
 私の考える本書の素晴らしさは,主に次の2点にまとめられると思います(もちろん本書については他にも多くの素晴らしい点を挙げることができますが,ここでは2 点に絞ります)。

 (1) 当事者による自己観察とアセスメントの重要性が繰り返し伝えられていること。
 (2) 全ての人のストレスマネジメントに役立つようCBT が紹介されていること。

 (1)は,お二人の執筆動機そのものでもあります。CBTにおいて,当事者が自らを観察し,アセスメントすることを通じて,自分をよりよく理解し,そういう自分を受け入れられるようになることの効果には,計り知れないものがあります。これはとても地味で地道な作業ではありますが,本書でも紹介されている「認知再構成法」や「問題解決法」といった華々しい(?)技法が奏功するためには,このような自己観察やアセスメントが欠かせないのです。
 紙数が尽きてきたので(2)については少しだけ。CBTは当初,うつ病や不安障害といった精神疾患を対象に構築された専門的な心理療法です。しかしCBTの理論やモデルや技法が成熟するにつれ,そしてCBTの適用範囲が広がるにつれわかってきたのは,「これを単なる治療法にとどめるのはもったいない,全ての人のストレスマネジメントに使えるはずだ」ということです。生きていれば,誰にでもストレスはあります。ストレスのない人生は考えられません。したがって重要なのはストレスを無くすことではなく,自らのストレスをよりよく理解し,それと上手に付き合っていくことです。そのための強力なツールとしてCBTはとても役に立ちます。本書の最大の魅力は,全ての人のストレスマネジメントにCBTを活用できるよう書かれている点です。その意味でも,多くの人に本書を手に取ってもらい,自身のストレスマネジメントに役立てていただければと願います。
 お二人の旅を「小うるさいCBTおばさん」として共有させていただき,私自身,あらためてCBTにおいて何が重要なのか,その本質を再確認することができたように思います。このような役目を与えてくださったことに感謝いたします。そして何よりも,楽しくもあり苦しくもあるこの長い旅を完遂させたお二人に敬意を表したいと思います。大変お疲れ様でした!

伊藤絵美