結語にかえて―真の統合をめざして

 本書において,さまざまな立場,見方から現代日本のうつの病理と,それに対するアプローチを述べてきた。ここであらためて編者の一人としてこの本の基本姿勢と課題を提示して,結語としたい。
 本書において編者たち・著者たちにとってはある意味当然の前提であるので,あまり明示的には書かれてこなかったことがある。それは,本書で述べたさまざまな見方,考え方,治療法のすべての基本となっているのは「人と人との触れ合いがあってこそ,人は癒される」という当然の事実である。しかもそれが謙虚さと節度をもって行なわれる必要があるという前提である。そして,ここで目指しているのは,コンビニ化やファーストフード化という言葉に代表されるような簡便化を目指しているのではないことは,一見しておわかりいただけると思う。上記の「人と人との触れ合いを重んじる」という姿勢は,成果と失敗の両方にこだわり続けながら,よりよい臨床を目指し,結果的に統合的にならざるをえないという在り方の出発点となっているものである。本書にこれほどの包括的で最新の著作を収録することができたのも,ひとえに各章の著者たちがこのような姿勢に貫かれた臨床家たちだからこそであると言える。
 これは,たとえば精神医学に依拠した場合は,もちろん精神医学的な視点から患者の問題を考えるが,あくまでも上記のような人間的な触れ合いを基本に据えての上であって,精神医学だけで人間全体をとらえるという意味ではない。このことは脳科学や基礎心理学を基盤にしながらも,人間的な触れ合いを大事にする場合にも通じるし,精神分析学や行動科学・認知科学に依拠しながらも,それだけでよしとしないという姿勢でもある。
 その意味で,本書のすべての章の記述の行間に上記のようなことがにじみ出ていると言えるだろう。
 本書は,第1部で近年のうつの現象の特徴とその捉え方,第2部で何人かの著者のオリジナルな方法を含めての最近の統合的アプローチ,さらに第3部においてはライフサイクルという視点から見たうつ,そして第4部において効果研究やうつという体験そのものに迫っている。結果として現代のうつに対する十分に包括的な内容となっていると自負している。しかし,それと同時にすべての章がその章単独でも統合的な姿勢を十分に備えていると言ってよい。その意味で内容的に最新情報であるという側面と,統合的アプローチであるという2つの側面をすべての章が持っている。
 編者たちが考える「統合的アプローチ」とは,まさにこのように最新であり,エビデンスも取り入れ,新しい技法も取り入れるという意味でまさに「統合的アプローチ」である。真にクライエントの役に立とうと思い,そのために必要なものはできるだけいい形で取り入れようと思えば,当然このような形にならざるをえない。つまり,単なる最新性と包括性を越えたものが統合的という言葉にあると編者たちは考えている(なお,統合的心理療法とは何か,どのようにトレーニングすべきか等についての最新かつ体系的な解説は中釜(2010)や平木(2011)において詳しいので,関心をお持ちの読者はぜひそちらを参照してもらいたい)。
 真の統合という状態は,あたかも砂漠の上に輝く北極星のように,決して到達はできないけれども正しい方向に導いてくれる目標物であり,指針となるものである。別の喩えを使えば,それぞれの曲が作られた時代の様式や作曲家の特徴を踏まえた上で弾き分ける演奏家の境地ともいえるし,潮の流れと体力に応じて泳法を変える泳者の技量ともいえる。しかし,どれほど努力しても数カ国語をすべてネイティブと同様の奥行きと滑らかさをもって操る天才になれるとは思わない。
 たとえ少し「チャンポン」やbrokenになってもいいから,その状況と相手とこちらに一番ふさわしい言葉で語る,そんな姿勢である。おそらくその時に相手に一番通じるのは「伝えたい」という気持ちと「あなたにわかるように伝えたい」という誠意のようなものなのだろうと思う。そしてそのような姿勢で構築された関係性こそが,心理療法においては最も治療効果を上げる要因であるということは,すでに本書のあちこちでも触れられている。
 以上のような熱い思いを秘めた各章で構成されているのが本書であると受け取っていただけたなら,編者としては幸いこの上ないことである。そしてここまでのことから明らかなように,本書の課題は限りがない。常に,最新の情報に触れつつ,謙虚に新たな現象と技法に開かれていなければならないとともに,古きよき伝統も軽視しないために終わりなき努力が必要である。できることなら,それを読者諸氏とともに楽しみながら追究していきたいというのが,編者の願いでもある。

福島哲夫