編集後記

 編者として,本書を作ることに参加し,何よりも大きなことはとても多くのことを学んだというのが正直な感想です。うつを歴史的視点,異なる理論アプローチの視点,ライフサイクルの視点,そして個人の体験を通して眺め,自分の断片的な知識がしっかりとつながり,まとまっていく感覚をもちました。本書は,単に心理療法理論の解説ではなく,理論がうつという対象にしっかりと結びつけられ記述されているため,若手の臨床家や臨床心理学を学ぶ大学生や大学院生にとっても格好の学習書となっているように思います。
 近年では,うつが社会の中で広く認知され,そして比較的気軽に話題にのぼるようになりました。それによって,多くの人が苦しめられてきた,うつと関わるスティグマから起こる恥の苦痛などがいくらか和らいできたことは確かです。しかし,うつによって起こるさまざまな症状と社会的機能への悪影響やその喪失は変わらず個人にとって非常に大きいものです。うつが決して心の風邪というような軽い問題ではないことも痛感させられます。
 歴史的にみると,主要な心理療法理論は,個人内の感情,行動,認知のひとつをうつを引き起こすメカニズムの中心に据えて,その精神病理とそれへの介入法を説明してきました。最近では,心理的問題を考える上では,生物(大脳生理学,薬学,遺伝学)−心理(精神力動・感情・認知・行動)−社会(システム・社会・経済・文化・歴史的文脈)のすべてをシステマティックに捉えることの重要性が広く浸透してきました。統合的アプローチでは,感情−行動−認知,そして生物−心理−社会を効果的につなげることによって,これらの要素からなる全体をうまくとらえるだけでなく,このうちのいずれかに働きかけることが,他の要素へ最大の肯定的影響をもつようにする試みであるとも言えるでしょう。感情,マインドフルネス,スピリチュアリティ,システミックな視点は,それぞれの統合理論の核でもあり,異なる理論的要素の橋渡しの役割を担っています。
 繰り返しになりますが,心理療法統合は統合の完成品を作って終わるのではなく,探求を進め,それを深め,交流と対話のあり方を追求していくプロセスそのものです。その発展の中で対話が重要な役割をもっています。ただ,話し合いがあれば,対話になるわけではありません。対話を成り立たせるためには,参加者のオープンネスと相互の尊重が鍵を握っています。上下関係を維持したり,自分の立場を守ったり,特定のアプローチへの忠誠を示すために発言するのではなく,マルティン・ブーバーが言うような相手と真の意味で関わる「出会い」を求めて,他者と向き合うことが必要です。そのような対話は常になんらかのリスクを伴いますが,もう一方では出会いの喜びと発見の興奮に満ちています。このような出会いと対話の重要性は,クライエントとセラピストのあいだの治療関係にも,そして,心理療法自体の発展にも大きな鍵を握っているように思います。
 統合的であるために,必ずしも「統合学派」や「統合的アプローチ」を自称する必要はないのです。認知行動療法アプローチ,精神力動アプローチ,ヒューマニスティックアプローチなどに自分の臨床的アイデンティティを置いても,統合的であることができますし,むしろ異なる理論アプローチとの重要なつなぎ役・橋渡しを担うことにもなるでしょう。編者として,本書がうつに関する学派やアプローチを超えたオープンな対話のきっかけのひとつとなることを願っています。
 最後になりましたが,本書の編集には,金剛出版の藤井裕二氏に多大のご支援をいただきました。数多くの著者の専門用語と語彙の統一を図る細やかな作業,全体を読みやすいものにするためのご尽力、そして編者への暖かいお心遣いにより本書が完成したことを思い,心から感謝いたします。

2011年6月 平木典子・岩壁 茂・福島哲夫