監訳者あとがき

 指でタッピングしただけで大抵の心理的問題が解決すると聞くと,大抵の専門家は(一般の人も)そんなことはありえないと思うでしょう。もちろん私もそのひとりでした。半信半疑でしたが,しかし私の中に「これは!」という何かがあったのかもしれません。すぐに米国行きの飛行機を手配して,キャラハン博士との出会いを果たしたのでした。
 彼のセミナーはデモンストレーションが多く,参加者の目の前で実際に行い,自分でも体験できるのです。考えてみれば,このようなことができる心理療法は数少ないものです。
 心理療法は長い間,1対1の密室の出来事でしたが,デモンストレーションを行い,その上,TFTのことなどまったく知らない人に対して観客の前で実践するということは大変勇気のいることです。
 TFTを臨床に取り入れ始めたころ,行ってみると効果が出て,クライエントさんには良くなったと感謝されるのですが,それでも本当に効いたのかなぁという懐疑的な部分は完全に拭い去れず,早10年以上。気がつけば,心と体のさまざまな症状に対してTFT を有効に使うためにいろいろな工夫をしてきました。私の臨床もスザンヌの臨床と相通じるのです。
 スザンヌは私の同僚で,本書をご一読の通り,経験豊かな洞察力と非常に卓越した臨床センス,人間的な柔軟さを持ち合わせているすばらしい臨床家です。
 スザンヌの来日をあと4 カ月にひかえ,もう少しで翻訳作業を終えようとしていた2011年3月11日に東北地方太平洋沖地震が起きました。マグニチュード9.0の大地震,三陸沖を中心に海岸沿いは広い範囲で大津波にのまれ,死者,不明者が2 万4,000 人以上,避難者数33万人を超え,未曾有の災害となりました。
 日本中がなんとか東北を応援しようと支援チームが続々と入る中,日本TFT協会からは宮城県南部の医療機関の要請に応じて,精神科医,看護師,臨床心理士を派遣しました。災害支援の経験が豊富なスザンヌにアドバイスを求めたところ,「私もできることがあれば,被災地に行くから」と言ってくれた勇敢な女性です。
 TFTの心理療法らしからぬ特長から,時には肩こりに,身体的疼痛に,不眠に,そして多大な喪失感に活用し,現地ではセルフケアとしてのやり方をレクチャーしました。変幻自在のケア法です。

 TFTは誰でもセルフケアで使えるテクニックですが,心理カウンセラーが使えば本書のように複雑なトラウマに適用でき,医師が使えば癌やマラリアなどの医学的問題への補助療法となり,東洋医学や整体では身体的な問題にも適用できるのです。スザンヌが臨床で高い効果をあげるのも,臨床家として治療の枠組みがしっかりしており,問題の背景からアセスメントが的確になされ,症状に対処できるからであると思います。
 本書で紹介されているのは,「アルゴリズム(Alg)」と呼ばれる症状別に定式化されているもっともシンプルな手順です。アルゴリズムでうまくいかない場合には,さらに上の診断レベル(Dx)で対応します。TFT診断はアプライド・キネシオロジー(AK)と呼ばれる整体術の診断法を応用しており,個別に必要な手順を導き出します。アルゴリズムは,何千ものTFT診断の臨床の中で,統計的に70%以上に一定の効果が認められたパターンをキャラハン博士がまとめたものです。診断レベルを修了すると,上級レベルがあり,心だけでなく体の健康も含めた,それぞれの個人にとって「最適な健康」のためのプログラムを「ボイステクノロジー」という声の診断を使って導き出します。さらに,キャラハン博士から直接集中訓練とスーパービジョンを受けた者は,特にボイステクノロジーレベル(VT)と呼ばれています。
 TFTは,1979年にキャラハン博士がタッピングで初めて深刻な恐怖症を改善させてから,トラウマや身体的疼痛,そして医学的問題へと適用範囲を広げてきました。その結果,「健康」を心だけで捉えず,食生活や身体的な問題も含めたトータルなものとしてとらえる統合的な健康法に発展しました。問題にフォーカスしながら症状を取り除くという対症療法的な西洋医学の観点と,体のエネルギーに働きかけて心身のトータルバランスを目指す東洋医学の観点も持ち合わせているのです。
 TFTを学ぶ専門家は多岐にわたっています。精神科だけではなく,内科や外科,小児科などの医師,看護師,保健師,精神保健福祉士,社会福祉士,介護福祉士,鍼灸師,整体師,柔道整復師,カイロプラクター,臨床心理士,心理カウンセラー,教員,保育士,スポーツトレーナー,研究者,人事担当,労務担当,コンサルタントなどです。メンタルケアは,幅広くいろいろな立場で,状況で行えるものです。そういう意味では,他人を援助する職につく基礎テクニックとして誰にでも有用だと思います。
 米国では,TFTが発端で「エネルギー心理学」という一派ができ上がり,心理学会の新しい流れを作り始めています。TFTのコントロールスタディはまだ数少ないものの,スザンヌはその先駆ともいえるべき,ルワンダの戦争孤児のPTSD研究を行い,TFTの効果に関して統計的有意差を報告しました。
 彼女がまだ取り組み中の研究も本書のために書き加えてくれて,付録IVに紹介しています。経絡や脳,眼球運動の作用についての研究同様,今後さらなる研究を重ねていくべきだと思います。
 TFTは,言葉だけではなかなか伝わらないこと,できないことに対応するツールの一つになることでしょう。心身の回復過程において,どの段階でも適用ができますし,どの手法とも併用できます。
 ストレスを抱えている人が急増している日本社会は,今,さらに日本中が心を痛めるような未曾有の大災害を経験しています。TFTですべてが解決されるわけではないですが,少しでも疲れやつらさを横に置くことで,少しずつ前に向かって歩き始め,時間をかけながらでも気持ちの整理をつけていくための,被災地のみなさんが自ら回復していくための道しるべになります。TFTは,混乱しているときにも有効で,不思議と頭の整理もしてくれます。本来,自ら良い方向に向かおうとするエネルギーの道筋を整えてくれるようです。
 新しいことを取り入れても,日本の良いところは大切に残して,次の世代にちゃんと引継ぎ,古くなれば修復が必要で,進むべき方向を見失わず,今の時代に合ったバランスを社会も人も体もとっていく必要があるのだと思います。

 この本を読んでから,翻訳をすべて終え,臨床家のみなさんにご紹介するまでにずいぶんと時間をかけてしまいました。
 多忙な中,翻訳を担当してくれたTFTセラピストの同僚たち,そして,今までとまったく異なる新しい心理療法に理解を示していただき,出版の機会を与えていただいた金剛出版の高島氏,そして,スザンヌに深く感謝いたします。
 また,私をTFTへ導いてくださった精神科医,故島雅彦先生,TFTを初めて日本で専門家に紹介した小児科医,故高崎吉徳先生にあらためて夜空の向こうに感謝申し上げたいと思います。
 TFTは,東北を,そして日本の成長を引き続き支援していきます。

2011年6月 森川綾女