あとがき

 大正大学を定年退職したら(規定を随分超えていたのだが)、眼鏡などをかけ、一見まったく別人となって、首都圏を離れた施設でひっそりと数年間、ボランティアで施設職員の補助おばさん(正しくはお婆さん)をする予定で場所も考えていた(押しつけがましくないように、さりげなく状況を見たうえでのことであるが、決して贅沢ではない食材でちょっとした一品のおかずを作る、既製品の服に少し手を加えて、着る人にぴったりの一着に変える、こまめに要領よく掃除するなど、自分のすることをいろいろ思い描いていた……)。そして、それが体力的に無理になり、もし頭脳に活力が残っていたら、それまでは読めなかった専門領域外の書物など読む静かな生活に入ろうと考えていた……。
 思いもかけず、北翔大学からのお誘いで毎月、北海道へ伺うことになった。さる深刻な事情で、大学の校名も変え、再生をはかろうしているのだと……。お役に立つなどとはおこがましく自信もなかったが、地域でさまざまな職種の人々と協働的に仕事ができるような地味でも社会にとって有為な臨床家が育っていくこと、開かれた大学として地域のメンタルヘルス向上に寄与していきたい、という北翔大学の意図は、まさしく時代と社会の要請に添うもので賛意を覚えた。
 これまで、事例検討会、テーマを設定しての連続公開フォーラム、シンポジウム、さまざまな臨床領域の研究の報告会、施設職員の方々の出席の便宜を考えた午前中開催の社会的養護児童の養育についての研究会など、毎月昼夜、さまざまな研修、研究会が継続して持たれてきた。若い人々に交じって、精神医学、臨床心理学、教育、福祉などさまざまな領域の一家を成した第一人者の方々が「この地では新しい試みだ、勉強になる(私や北翔大学の教職員へのお励ましであろうが……)」と参加費を払って、継続ご参加下さっていることは、有り難く身の引き締まる想いである。これらの会では異なる領域の専門家同士の間で、新たな知見を会得して学び合うほかに、顔の見える信頼できる連携やコラボレーションが促進される一助にもなっているようにも思われる。毎月、北海道で過ごす時間は格別に充実しており、有り難く思ってきた。
 本書は平成二〇年度に開かれた公開フォーラムをもとにして編まれた。専門領域は異なっても、対人援助職にとって、求められる要因には通底しているものがあること、一方、それぞれの領域での営みの特質を審らかにしようと意図したものであった。会場の聴衆の方々との間でも、なかなかに刺激的で豊かなやりとりが展開されたが、紙数の制限もあり、多くは割愛せざるを得なかったことをお詫びしたい。私は予てから、「精神文化は地方から」とひそかに考えてきた。
 ささやかであっても、真摯な実践に裏打ちされた臨床の知と技がこのように読者に提供される機会を、この厳しい出版事情の下で作られ、かつ、丁寧に原稿を編集して下さった、金剛出版の立石正信社長にこころから御礼を申しあげたい。
 読者の方々にとり、援助職に求められるものは何かを振り返ってお考え下さる契機となり、さらに臨床実践の質を高める創意工夫をされるうえで、少しでもお役にたてることを願っている。

平成23年 初夏
村 嘉代子