監訳者あとがき

 本書は,書名にあるように「健全な自尊心を形成するためのワークブック」である。
 さまざまな問題行動なり,あるいは不適応状態の背景に,「自己を認めることのできない自尊心の欠如が深く根差している」ことは心理臨床に携わっている人なら,誰しもしばしば経験するところであろう。
 つまり,このことは健全な自尊心こそが健全な心身の重要な基盤をなすものであるといえる。それだけに,いかにして健全な自尊心を形成するかという問題は,臨床心理の分野において,きわめて重要な課題であるといえよう。
 しかし,健全な自尊心を形成するには,自尊心を形成するものがどのようなものからなっているのか,それを具体的にとらえる必要があるが,自尊心という概念自体が,かなり抽象的で複雑な概念であることから,それを具体的にとらえるのは,かなり難しいのも事実である。
 したがってクライエントの自尊心を形成し,それを高めることの重要性は心理療法家なら認識していても,健全な自尊心をどのようにして育てるのか,つまり,どのような方法が自尊心の形成において効を奏するのかという問いに対しては,今日,この問題に対して直接アプローチするような手法は十分に体系化されているとは言いがたいところであろう。
 このような状況にあって,最近,自尊心の形成に関係しているであろうと考えられる諸要因を行動レベルでとらえ,それらに直接具体的に働きかける試みとして認知行動療法からのアプローチが注目されるようになってきている。
しかし,これら認知行動療法による自尊心形成へのアプローチは,対人関係の要因に力点をおくソーシャルスキル訓練や自己表明訓練などを強調するもの,自己否定的な自動思考の修正に力点をおくもの,問題解決力の形成や帰属スタイルの修正などにアプローチするものなど,さまざまであるが,本書はそれらの自尊心の形成に行動レベルで関与していると思われる認知行動療法の諸研究成果を総合した,自尊心形成のために体系化したガイドブックといえるものである。したがって,本書に見る自尊心の形成手続きは,一貫して学習の原理に基づく認知行動療法的なものであるが,このことに加えて,本書の特色とするところは,次のような主張を中核的な大前提としている。
 それは人間の価値は比較したり,獲得したり,競い合ったりするものではない。人間としての価値はみな平等であり,その価値は人間が本質的に備えているという前提に立つ。
 つまり,人は無限で不変の価値を備えているものであり,それが人の成長の基盤としてあり,それは生まれながらに備えている絶対的な価値である。このような中核的自己という抽象的な概念を中心にして,本書は自尊心形成のための認知行動療法的な技法を展開しているが,この前提こそは,本書を読み進むにつれて,われわれの自尊心の形成に大きな意味を持つものであることが理解されよう。
 これらの主張にはカールロジャース等の心理療法にも一脈通ずるところがあるように思う。
 本書の訳出にあたり,柳沢圭子さんには一方ならぬご協力をいただいた。記して感謝申し上げる。