はしがき

 薄氷を踏む思いで,この問題に取り組んできた。その思いは今なお消えない。
 本書は,児童福祉施設における暴力問題に関するものである。前著『現実に介入しつつ心に関わる』では,私のこれまでの心理臨床のおおよその全体像を述べた。そして,本書は,いわば私の心理臨床の到達点を書き下ろしで詳しく述べたものである。
 心理臨床家としての私の人生の黄昏に,まさかこういう深刻な問題に遭遇するとは想像もしていなかった。いずれも過酷な状況を潜ぐって児童福祉施設に保護され,本来もっとも手厚く保護され養育されるべき子どもたちが,またさらに深刻な暴力にさらされながら日々の生活を送らなければならないことには,やりきれない思いである。たまたまそういう現実を知り,臨床心理学を専門とする者としてはもちろんのこと,なによりもひとりの大人として子どもたちの切実なこの問題を放置しておくわけにはいかないと私は思った。
 児童福祉施設の暴力問題は,最優先で取り組まれるべき問題であったが,長い間そういう捉え方がされてこなかった。たとえば,職員による暴力はあくまでもその職員個人の資質の問題とされてきたし,また子どもたちが起こす暴力問題は,この領域における知る人ぞ知る大きな問題ではあったものの,あくまでも子どもたちの問題行動のひとつであると見られてきたように思われる。そうではなく,暴力問題は,ほんとうは子どもたちの成長の基盤としての安心・安全という最優先で取り組まれるべき問題なのである。
 私はこうした認識から,児童福祉施設の暴力問題にその後密かにそして慎重に取り組んできたが,その一方で公の場で書くことをあえて控えてきた。不用意に騒ぎ立てることで,施設現場を混乱させ,結果として子どもたちにかえって被害をもたらすことを危惧したからである。しかし,もはやある程度は語る時期にきていると考え,最近では少しずつ発表し始めることにした。ひとつには,私たちの取り組みがすでに複数の施設で一定の成果をあげてきたこと,いまひとつは児童福祉法が改正され,施設内虐待の防止(正確には,「被措置児童等虐待の防止等」)が盛り込まれ,2009年4月から施行されたからである。また,私たちの活動を誤解または曲解している批判がいくつか出ているからでもある。
 この問題の闇は深く,しかも濃い。しかし,私たちはなんとかこの問題を解決に向けて前進させることができつつある。私たちの活動の意義は,なによりもまず児童福祉施設に入所している子どもたちが長年苦しめられてきたこの暴力問題が取り組み可能な問題であることを実証してみせたことにある。しかもそれを複数の施設で実践できる形にして,「共有可能な知恵」として提示できているということである。本書の目的は,これまでおおまかにしか知られていなかった私たちの活動の実際とその基礎となる理論について,現時点で可能な限り詳しい全貌を述べることである。
 その意味では,本書は深い闇を示すものであると同時にそれを解決に向かう光で照らそうとするものでもある。
 児童福祉法が改正されたとはいえ,その具体的取り組みはこれからである。児童福祉法改正の何年か前から取り組んできた私たちの実践が,今後の取り組みの参考になることを願っている。
 私は,取り組みの当初から「社会的問題を発見し,さらにその解決をはかるための活動のモデルと具体的な実践例を示したい」ということを考えていた。
 この問題に取り組み始めた頃,私の恩師である成瀬悟策先生に報告したところ,「きっと,君はこれまでの仕事の集大成としてこの暴力問題に取り組むのだろうと思う。大変だろうが,がんばりなさい」といった内容のお手紙をいただいた。師とはありがたいものである。私としては集大成などというつもりはなかったので,それは師の「美しい誤解」である。しかし,結果としては師の予言通りとなったように思う。あまりにも困難な問題であったため,私のこれまでの経験をまさに総動員して取り組まざるを得なかったからである。それこそ,一歩進みながら同時に次の可能性を考えいくつかの布石を打つということを続けた。乏しい知恵を必死で搾り出すような時期が続いた。集大成とまで言えるかどうかは疑問だが,到達点であるとは言えると思う。
 そういうわけで,結果としては,学問的には社会的問題を発見し,さらにその解決をはかるためのシステム形成型アプローチとその背景にある(大げさに言えば)臨床心理学のパラダイムの転換を提言するものとなっている。また,この暴力問題への取り組みの経験から「子どもの権利擁護のパラダイム」「処遇のパラダイム」の転換や今後私たちが目指すべき方向についても見解を述べることとなった。したがって,本書の成果は,暴力問題だけではなく心理臨床のさまざまな領域で活用できるものであり,また心理臨床だけでなく児童福祉領域や教育領域などさまざまな領域に参考になるものであると考えられる。
 この問題の壁は厚く,強固であった。ここでいちいちあげることは控えるが,無理解というだけではなく,根拠なき批判や信じられないような壁にいくつもぶつかった(その一部は第11章で述べているので,参照していただきたい)。そしてそれは,今なおなくなってはいない。それでも,ここまで来ることができたのは,全国の各所にそれぞれ少ないながらも,この問題に心を痛めている人たちの存在があったからである。総勢となるとひとりひとりお名前をここであげることはできない数の方々であるが,そういう人たちと知り合い,一緒に活動を展開してきた。
 したがって,この活動は,学問と現場の協働によるものである。それこそ,まさに現場の皆さんと一緒に創り上げてきた成果である。現場との協働は私を大いに励ましたが,最近では,彼らが相互に知り合い,助け合っていくようになってきたのは,さらにうれしいことである。
 本書で述べている安全委員会方式を導入すれば,児童相談所にも学校にも自分たちの施設の実情を詳細に知られてしまう。それでも施設をあげてこの問題に取り組むことを決め,実行してこられた施設関係者に敬意を表したい。それらの施設は児童福祉に新たなページを開くことに貢献したのだと言える。
 これらの方々に,特別の感謝を捧げたい。さらには公表の許可をいただいたことに深く感謝致します。
 臨床心理士や精神科医などの専門家には,ごく一部の例外を除けば,驚くほど理解者・応援者は少なかった。そうした中で,取り組みの当初から現在に至るまで一緒に取り組んでくれたのが,発達心理学者の當眞千賀子氏と文化人類学者の飯嶋秀治氏である。このお二人に深く感謝している。したがって,この取り組みは,学問的には,臨床心理学と発達心理学と文化人類学との学際的協働によるものである。ただし,この三つの学問領域が揃いさえすればよいということでは決してない。私たち三名のいずれも本流からは大きくはずれた学問的立場にあることは,この協働におそらく必要な条件であったものと私は考えている。
 なんと言っても,この問題への取り組みを後押ししてくれたのは,痛ましいことだが,全国で悲惨な事件が相次いだことである。事件は起こり続け,報道され続けてきているのである。報道に至らなかった事件もたくさんあることは間違いないだろう。ある施設で事件が起こる,その施設内部で安全委員会方式導入の提案がなされるが反対にあう,そのさなかにまたしても事件が起こる,その結果安全委員会方式の導入にふみ切るというのが初期の施設の導入のパターンであった。
 そして,現在ではかなり落ち着いている施設や先進的取り組みを行ってきた施設でも導入されるようになっている。
 したがって,子どもたちの置かれている状況の悲惨さが,実はなによりも私たちの活動を後押ししてくれたのである。私としては,被害にあってきた子どもたちが後押ししてくれたのだと思っている。また,私たちのこの方式は,子どもたちの協力と積極的参加がなければ成功しない方式である。したがって,子どもたちこそがこの活動の主役である。その意味で,私たちの活動がここまでくることができたことに,子どもたちに深い敬意と感謝を表したい。
 今後深刻な暴力被害がなくなることを願いつつ,本書をこれまで被害にあってきた子どもたちに,そして今後被害から守られるべき子どもたちに捧げる。

還暦を迎えて 2011年2月1日 田嶌誠一