あとがき

 学問は,人を励ますものでなければならないと思う。
 私にとって,本書はどうしても書かなければならないものであった。やっと本書を出版にこぎつけることができ,少しほっとしている。子どもたちへの責任をいささかでも果たせるのではないかと思うからである。本書がこの問題の当事者や関係者を励ますものであることを願っている。
 また,わたしのひそかなもくろみは,本書で実践的な学問のひとつのありようを具体的に描いてみせることであった。できれば,それがさまざまな形で学問に取り組んでいる人たちをも励ますことを願っている。
 本書第1章でも述べたように,私の心理臨床の仕事は,おおよそ三つに分けることができる。イメージ療法に関するもの,ネットワークを活用した多面的アプローチに関するもの,そして本書の児童養護施設等における暴力問題への対応である。そうした経過の中で,歩みはのろいものの経験と工夫を重ね,私自身は若い頃にはできなかったことが,ある程度できるようになっているという実感を持てるようになっていった。したがって,いくらかお役に立てる心理臨床ができるようになってきたと考えている。
 ところが皮肉なことに,私の仕事に対する専門家集団の大勢の反応はその真逆であった。
 私が壷イメージ法というイメージ療法の技法を考案した頃は,関係者に好評でけっこう誉めていただいた。なかには激賞して下さった方も少なくなかった。そして,壷イメージ法について書いた英文論文が,米国のイメージ療法のハンドブックに掲載されるに至っている。ところが,ネットワークを活用した多面的アプローチでは,少数ながら支持者はいたが,しばしば批判されるようになった。
 セラピストは面接室の構造を守ってもっぱら心の内面を扱うもので,面接室の外に出るとはとんでもないというわけである(現在では,だいぶ事情は変わってきていると思う)。そして,今回の児童福祉施設の暴力問題に取り組み,安全委員会方式を実践するようになると,ごく少数の支持者はいたが,今度はさらに痛烈に非難・批判されるようになった。第11章で述べているように,名だたる有名専門家の人たちからものすごいバッシングを受けることとなったのである。その一方で,施設現場の支持者は少なくなかったし,また施設に入所経験がある当事者は熱く支持してくれたことが,私を大いに励ましてくれた。
 このように,皮肉なことに私の心理臨床は専門家の間ではだんだん評判が悪くなる方向をたどっていったことになる。それも,尋常な悪評ではない。なんと,この人たちの間では,この私は施設の子どもたちの生存権を脅かしている人物ということになっているのである。現実がどうであれ,人はしばしば見たいものを見るものである,とは承知していたつもりである。しかし,それにしても現実というものは,ここまで歪めようがあるものだと思い知った次第である。どうやら,新たな活動を切り開く時,こういうことは割りと起こるものなのであろう。通常は,もっとマイルドな形でそれが起こるのだが,私の場合,それが極端な形で起こったのだと考えられる。
 しかし,どう思われたとしても,これがいわば私の心理臨床の到達点である。
 若い頃に私がこの問題に出会っていたら,とても歯が立たなかったことは明らかだし,若い時から今日に至るまでの臨床経験と思索の積み上げがあったからこそ,やっとのことで,それこそやっとのことでやれたことだからである。その意味で,学問を続けてきてよかったとつくづく思うことである。
 さて,お読みいただいて,いかがだっただろうか。
 本書を読んで,何かしなければと思われたかもしれない。そういう方は,その思いを大事にしていただきたい。しかし,実際には,この方式は,かなりの条件が整わないとできない方式である。実際,私も地元では,その条件が整っていないため,できていないのである。だからといって,あなたに何もできないとも思わないでいただきたい。まずは,この問題への適切な理解を深めていただきたい。
 そして,その理解を広めていただきたい。また,この問題への施設をあげた取り組みが重要であることを,折に触れては発言していただきたい。
 この安全委員会方式が,形式的すぎると思われた方がおられるかもしれない。
 それは,私の感想でもある。しかし,決してある特定の一施設だけがなんとかなればよいという問題ではない。児童養護施設だけで全国に570 数ヵ所あり,全国の施設で取り入れ可能なモデルを示す必要があるのである。形がしっかりしたものである分だけ,子どもにも職員にもわかりやすく,取り入れやすいのである。
 また施設も児童相談所も学校も職員の異動が多いので連続性を保ち維持する仕組みとしてもわかりやすく形式的にならざるをえないという面もある。もし,このように形式を整えなくてもやれる方式ができるものなら,創っていただきたい。
 ただし,私としては,それがよその施設に教えることができるようなものであることを強く望みたい。
あるいは,こんな方式はとんでもないと思われた方もおられるかもしれない。
 本書を読んでなお,そういう感想を持たれる方がいないことを個人的には願っている。しかし,もしそういう方がおられたとしても,私たちの方式に反対だからこの問題に取り組む必要がないなどということはありえないはずである。そういう方には,ぜひ別のやり方で実績をあげ,さらには複数の施設に広めていただきたい。ただし,どうか被害児を守り抜いていただきたい。そして,ほんとうに効果が上がっているのか,その効果をモニターしながら,実践を進めていただきたい。
 本書を読まれた方がどのような感想を持たれたにしても,この問題を解決に向けて一歩進めることになることを願っている。
 私たちの展開している児童福祉施設版安全委員会方式の意義は,この問題への注意と理解を喚起しただけでなく,この問題が取り組み可能であることを実践をもって示した点にある。どこからどう手をつけていったらよいのかということ,すなわち優先的に必要な取り組みを明らかにしている点にある。その意味では取り組みの土台を提供したものである。
 その土台に積み上げるべき知恵については,一部は述べているものの,それで十分と考えているわけでは決してない。今後,対応のさらなる知恵を積み上げていただきたいと願っている。
 本書の意義は,なんといっても児童福祉施設における暴力問題の適切な理解について述べ,さらに私たちが実践している安全委員会方式の詳細とその背景にある理論を述べたことにある。特に強調しておきたいのは,安全委員会方式の導入にあたっては,決して中途半端に取り組んでなんとかなる問題ではないということだけは肝に銘じておいていただきたいということである。そして,本書でも繰り返し述べているように,導入にあたっては,この方式に詳しい経験者による研修会が最低でも3回以上は必要である。決して本や論文を読んだだけとか,研修会で講演を1回聞いただけとかでうまくやれる方式ではない。
 それにしても,ここに至るまでの困難さは尋常ではなかった。
 新たな活動を切り開く時に壁はつきものであるとはいえ,なぜかくも困難だったのだろうか。おそらく,第14章で述べたように,この時代に流行のパラダイムとでも言うべきものとぶつかったためではないかと考えている。そのためか,仲間がいたとはいえ,それでもひどく辛い道程であった。
 その道程で,精神的にも学問的にも支えていただいた3名の長老の先生方に深く感謝したい。成瀬悟策先生,中井久夫先生,氏原寛先生,のお三方である。この三人の先生方には,折に触れて何度も励ましのお手紙やおはがきをいただいた。
 おかげで,どれだけ心が救われたことだろう。また,乾吉佑先生,羽下大信氏にもずいぶん励ましていただいた。同僚の宗教学者である関一敏氏には,学問領域を超えて深い理解とご支援をいただいた。そして,比較的若い人たちからは,熱い応援のメッセージを少なからずいただいた。これらの先生方および応援していただいた方々に深く感謝申し上げたい。
 大学に職を得ていなければ,私がこの活動を考案し実践することは到底不可能であったと思う。また,本書を執筆できたのは,私が九州大学で教員ポストを得ることに恵まれ,しかも私の職場である九州大学から1年間サバティカル(研究専念期間)の機会を与えていただいたおかげである。そうでなければ,この時期にこのような形で本書が陽の目をみることはなかったはずである。
 大学の学問には,採算や効率を度外視してでも,新たなものを「切り開く」という側面があるからこそ,活動の実践も本書の出版も可能になったことである。
 その意味では私たちの社会に大学という場があったことが有難いし,また私を採用していただいている九州大学に大変感謝している。それだけに,大学の学問にそういう側面がなくなってしまわないことを切に願っている。大学は今,未曾有の変革期にあり,採算や効率やすぐに目に見える貢献が重視される方向に突き進んでいるが,そういうさなかだからこそ,このことを記しておきたい。
 この問題にかかりっきりになっていたため,私の職場の方々には,この数年いろいろなご迷惑をおかけした。若い頃から先輩として見守っていただいた九州大学の針塚進氏と丸野俊一氏には,今回もまたご心配をおかけしたことと思う。お詫びと感謝を申し上げたい。また,私がこの活動に専念できたのは,なんといっても家族の理解があったからであり,そのことに深く感謝している。
 さらに,営業の立場から見て売れにくいと思われるこのような大部な本書の出版を,あえてお引き受けいただき,さらにこまやかなお世話いただきました金剛出版の立石正信社長に深く感謝致します。
 しばしば誤解されることだが,私はこの安全委員会方式を単なる「危機管理」としてやっているわけではない。むろん,「危機管理」は重要である。しかし,私は子どもたちを育むのにお役に立ちたいと願っているのである。それにあたって,この暴力ないし安心・安全の実現という問題は,その土台として避けて通れない問題だから取り組んでいるのである。
 私もいつのまにか年をとり,若い世代のためになにか貢献できないかと考えるようになってきた。私の顔も名前も知らない子どもたちまでもが,この仕組みと活動があるおかげで,今後も安心して眠れている。そしてそれは私の心安らぐことである。

2011年9月3日