あとがき

 認知行動療法に言及した論文を初めて発表したのは1980年のことである。すでに30年以上が経過した。当時,私はまだ30歳になる直前だった。日本行動療法学会で認知の問題を提起しても,認知なんて余計なことを考える必要はないとか,臨床はシンプルな方がよいとか,認知も所詮行動であり特別に考える必要はない,これまでの行動理論で十分に説明可能なのだからなぜ特に取り上げる必要があるのかとか,行動療法をまともに理解していない若者が勝手なことを言ってるとか云々,先輩諸氏のおしかりを受け,シンポジウムの席上で一方的に批判されるだけということすらあった(どなたが発言されたか,実は今でも鮮明に覚えているが)。
 しかし,その当時から私の頭の中には,教条主義的に狭い理論にこだわるのではなく,サービスを受けるユーザーに適合させて使い分けることのできる引き出しがたくさんある方がよい,ただし,引き出しの中身はその効果が実証的に認められているものでなくてはならない,その引き出しの中に,認知を扱う引き出しがあっても良い,引き出しの中身の使い方は,基本的にユーザーとこちらの協働作業だというような発想があった。しかし,認知をどのように取り扱うか,理論的にどのように説明するか,そして,実証的に効果をどのように検証するかという点で,古典的な行動原理に関する理論に後れを取っていたことは明らかであった。それだけに,認知の問題を提起し,多くの人が認知行動療法に関心を持ち,実証的な研究を進めていくことができればと望んでいた。このような作業は一人でできるものではない。
 そこで私が考えたズルイこと(?)は,将来を担う若者,そしてユーザーを引きずり込もうということであった。いえいえ,元ぃっ!ユーザーのためになる認知行動療法という科学的理論,実証性に裏付けられた臨床的介入,そして,認知行動療法という臨床的出来事の理解の枠組み,患者さんの理解の仕方,および,人間観,哲学を基本として,臨床心理学の専門家を目指す若者の教育に取り組み,同時に基礎研究を行い続けるとともに,認知行動療法に基づいて臨床実践を行うことで認知行動療法の有用性を立証することが,認知行動療法の啓発普及,そして社会の世論形成の近道(といっても非常に遠い道のりであることは,ように予測できたが)だと考えた。それからとても長い時間が経過した。
 本書は,私一人で作り上げたものではない。そうした長い道のりの中で,これまで一緒に仕事をしてきた仲間との協働作業の成果としてできあがったものである。まさに日本での認知行動療法の発展の経過を示すかのようなものである。
 第1章でも述べたように,将来,心理学的サービスを受けるユーザーにとって有益なサービスとして,認知行動療法への需要は一層大きくなると考えられる。古典的心理臨床の時代は終わった。中堅,ベテランの人たちだけではなく,とくにこれから臨床心理学的援助の領域で活躍しようとしている若手の人たち,臨床心理学を学んでいる学生さんにとって,認知行動療法を学ぶ契機として本書が役に立てば幸いである。そして,サービスを受ける人たちの福利安寧に資することになれば,それは私の望外の喜びである。
 本書を上梓するにあたって,金剛出版編集部の中村奈々さんには全体構想のまとめから最終的な編集作業に至るまで多大のご尽力を頂戴した。本書は私一人で作り上げたものではない,中村奈々さんとの協働作業の成果でもある。あらためて感謝申し上げます。

2011年9月 秋の気配色濃くなってきた当別の丘の上で 坂野雄二