改訂版によせて

 2004年刊行の初版の「はじめに」を,筆者は次のように締めくくった。
 「臨床の知を積み上げ,共有する研究という地道な営みを忘れた学問は,ブームが去ればやがて消えてしまう」。
初版刊行から7年が経過した現在,臨床心理学ブームは確実に翳りを見せている。ブームが去りつつあるなか,筆者らは,初版刊行の動機となった危機感を,いっそう強く感じている。臨床心理学が時の流れのなかに生き残り,「心の専門家」が社会に地歩を得るためには,臨床心理学研究の積み重ねが要である。その本質を試される時期を迎えた私たち臨床心理職者が,この難局を打開するには,現場に即した研究を着実に展開することのほかに策はないと考える。
 今回の改訂では,まず第3章「臨床心理学研究における倫理」を大幅に加筆・修正した。近年,臨床心理職者の領域拡大と歩調を合わせて,臨床心理学実践における倫理に関する議論が活発になっている。言い換えると,それだけ倫理的問題が山積しているということである。この7年間の間に,多くの心理学関連学会で,倫理に関する研修会やシンポジウムが開催された。今回の第3章の改訂には,最近の倫理関連の議論を反映させ,「プライバシー保護と事例の記述(本書■頁)」を増補した。また,クライエントに事例研究の許可を求める文書のサンプルを掲載した(本書■頁)。
 次に第5章「先行研究の読み込み方」を加筆・修正した。この数年のうちに電子データベースによる文献検索の手法が飛躍的に進歩した。 そのなかから初学者がまず知っておかねばならない情報をピックアップし,「文献検索のコツ(本書■頁)」を増補した。
 その他,最近の臨床心理学研究の動向に合わせて,全体にわたって細かな字句訂正を行った。筆者らの時間の許す限り,最近の動向を取り入れ,時代の要請に応えるべく改訂作業に努めたが,行き届かない点もあろうかと思う。読者の忌憚のないご意見を乞う次第である。
 初版刊行の際に大変お世話になった編集者の山内俊介氏は,その後独立された(現在,遠見書房代表)。今回の改訂では後任の藤井裕二氏のお世話になった。お礼申し上げる。
 幸い,初版は3刷となった。臨床心理士養成指定大学院での修士論文作成のためのテキストとして読まれているケースが大半と推測される。楽観的な方向に解釈するならば,この7年間,若手層に,臨床心理学研究の種は蒔かれたと言える。そう信じたい。これから本書を手にとって研究の第一歩を踏み出す若い方々のなかから,一人でも多く,息の長い臨床的研究者が輩出することを心より願う。

2011年春 遠藤裕乃