あとがき

 子どもの双極性障害は,従来の精神医学の諸概念に大きな課題をつきつけた。それは以下の3 点に集約できる。
 第一に,“双極性bipolarity”とは何かということである。伝統的な躁うつ病の概念は,躁病相とうつ病相の明らかな対比,その明瞭な交代と月単位の周期,各病相に特徴的な臨床症状などであった。ところが,子どもの双極性障害の臨床像は,うつ症状と躁症状の急速な交代,およびうつ病相と躁病相が明瞭に区別しにくく,双方の症状が混在する多彩な病態によって特徴づけられるのだ。すなわち,発達論的視点をもつ“双極性”概念が導入されなければならない。このような症候論をもつことによって,これまで単に情緒不安定なADHDであるとか,易刺激的で衝動性の強い素行障害などと考えられてきた病態が,背景に双極性障害の存在を想定することにより,うまく説明でき,より良く理解できるようになったのである。現実に存在する多様かつ多彩な病理をより適切に認識できるようになったのだ。また,発達論的視点をもつ双極性概念に端を発して,今後「発達精神病理学developmental psychopathology」というパラダイムが,児童精神医学だけでなく,精神疾患全般を考える上で非常に重要なテーマとなってくると考えられるのである。
 第二に,“併存障害comorbidity”との関係をどう考えるかということである。子どもの双極性障害は,他の精神障害,特にADHD,反抗挑戦性障害,素行障害,あるいは広汎性発達障害などと高率に併存する。それらの併存障害が気分の変動や情緒不安定など,双極性障害の病像と類似した症状を呈するのである。もちろん両者の鑑別は必要であるが,むしろ両者の併存をつねに念頭に置き,双方に対する治療的アプローチが必要になってくると思われる。子どもの双極性障害とさまざまな発達障害の関係を解明することは,両者の内的関連性の研究につながり,病態解明に大きな貢献をもたらすだけでなく,治療方針を立てる上でも,治療転帰を考える上でも有用な情報を提供してくれるだろう。
 第三に,治療をどうするかということである。子どもの双極性障害研究において,いま何よりも必要とされているのは,真に効果的な治療法についての,より系統的に対照群を設定して比較した実証的な研究である。そのような研究がこれまでほとんど行われていないのである。実地臨床において,子どもの双極性障害対して気分安定薬の単剤療法に反応する症例はきわめて少ないのが現状である。成人の双極性障害研究を参考にしながらも,子どもの症例に真に有効なアプローチの検討が待たれるところである。
 以上のように,子どもの双極性障害が従来の精神医学につきつけたインパクトは少なくない。さらに,子どもの双極性障害と大人の双極性障害は同一,あるいは連続性のある病態なのか,さまざまな発達障害との真の関連はどうか,子どもの双極性障害の転帰・予後はどうかなど,数多くの問題が残っているのである。子どもの双極性障害の研究は,そのまま大人の気分障害の解明につながっていくのである。本書が多少とも児童青年期精神科臨床の参考となり,診断および治療の発展につながり,双極性障害で悩む方々のために役立つことがあれば,筆者として望外の喜びである。
 最後に,これまで治療に携わらせていただいた子どもたちとご家族の方々に心より感謝申し上げます。

2011年8月
傳田 健三