まえがき

 トランスランド(催眠によるトランスの世界)へようこそお越し下さいました!私が個人的に,また皆さんのガイド役として,この世界に足を踏み入れてから,もう30年以上の時が流れました(放射性炭素を使えば肉体年齢は測定できるようですが,自分では,そんなに年を取っていないつもりです)。これまでも,催眠やトランスを使って変化を促すというテーマの書籍を何冊か(ビル・オハンロン著『ミルトン・エリクソン入門』,『ミルトン・エリクソンの催眠療法入門:解決志向アプローチ』[邦訳:金剛出版])を送り出してきましたが,今回このテーマをふたたび取り上げる時が来たと思うようになりました。
 多くの名だたる心理臨床家たち(フロイト,ゲシュタルト療法の創始者フリッツ・パールズ,戦略的心理療法の創始者ジェイ・ヘイリー,自己関係性理論の考案者スティーブン・ギリガン,行動療法家で系統的脱感作の開発者ジョゼフ・ウォルピ,そしていうまでもなく私がもっとも影響を受けたミルトン・エリクソン)も,独自のアプローチを提唱する以前のまだ駆け出しの頃,催眠を使っていました。これはおそらく単なる偶然ではないでしょう。催眠は,人間の心や知覚,感情がどのように機能しているかということに関して多くの示唆をもたらしてくれます。また,問題を解決するにあたって,どのようにしたら知覚や思考の過程,感情を変化させることができるかということについても教えてくれます。このところの脳科学の分野では,脳の可塑性や習慣の易変性について驚くべき事実が明らかになってきました(詳しくは,ノーマン・ドイジ著『脳は奇跡を起こす』[邦訳:講談社インターナショナル]をご参照下さい)。催眠療法に携わる人たちも,脳の可塑性については,すでに気がついていました。たとえば,ショー催眠で,催眠術師が催眠状態の人に酸っぱいレモンを噛ませて,実際に甘いオレンジを味わっていると錯覚させているのを見たことがあるでしょう。
 その後多くの臨床家たちが,催眠から離れていきましたが,私と同じようにそれ以降も長年にわたって催眠に携わっている人たちもいます。催眠から学べると思われることは今でもたくさんありますし,私にとって催眠は,終わることのない興味の対象です。加えて,私の催眠に対する認識も明確で簡潔なものになってきました。本書は,助けを求めてやってきたクライエントをどのようにして催眠を使ってトランスへと導き,問題を軽減させたり取り除いたりする手助けができるかということについて,長い間専門家向けに教授してきた内容をもとに書かれています。
 本書は,サンディー・ビードルと一緒に執筆した拙著『A Guide to Possibility Land 』[W. W. Norton ]に始まるガイドブックシリーズの第3 作目にあたります。その本のときは,サンディーがページのところどころに挿絵を散りばめて,本文の大部分を形にしてくれました。彼女が行っているインストラクショナル・デザイン(教育設計)の研究によると,項目ごとに短い単元に分けて画像を入れることで,記憶に残りやすく学習効果も上がるのだそうです。これが効果に違いをもたらす決定的な要因となるかどうかは分かりませんが,ガイドブック第1弾の『可能性療法:効果的なブリーフ・セラ解決指向催眠実践ガイド―エリクソニアンアプローチピーのための51の方法』[邦訳:誠信書房]も,第2弾の『インクルーシブセラピー:敬意に満ちた態度でクライエントの抵抗を解消する26の方法』[邦訳:二瓶社]も,お褒めの言葉とともに,大変好評をいただくことができましたので,もう一冊このスタイルでの執筆してみようと思うようになりました。
 催眠と聞くと怖がる人もいますので,親しみやすく,やさしく,安心して読んでいただけるよう心がけたつもりです。私の思いが伝わって,本書を深く(そしてもっと深く)味わって,楽しんでいただけることを願っています。

ビル・オハンロン
2008 年9 月
ニューメキシコ州サンタフェにて