トランスランド体験記―訳者あとがきにかえて

 本書はBill O’Hanlon 著『A Guide to Trance Land 』の邦訳である。逐語訳すると,「トランスランドへの案内」……おそらくこのまま出版すると,オハンロン氏が望んでいる書棚には並ばない可能性が高い。薬物コーナー,音楽コーナー,はたまた変圧器を扱う電器コーナーに並べられてしまう可能性もある。旅行案内コーナーの可能性も高いかもしれない。そして,「トランス」に続く「ランド」という言葉。今こうしてこの本を手にとってその響きをからだで感じてみると,文字を追っているご自身のまぶたの背後にはどのような光景が浮かび上がってくるだろうか?
 ディズニーランド,富士急ハイランド,キデイランド,温泉健康ランド……。
 なんだか,どれも,夢を与えてくれて,気分をウキウキさせてくれるものばかりだ。こうしている間に,私のまぶたの背後には,すでに温泉健康ランドの光景が現れ……星空を見上げながら,湯けむりが立ちのぼる露天風呂に浸かって滑らかなお湯のぬくもりをからだいっぱいに感じている,かけ流しのお湯の音とともに溶け出して行く緊張感,ほのかに漂う温泉の香り……。(そういえば,子供の頃は,今度遊園地に行くというと,もう何週間も前から指折り数えて,心待ちにしていたものだ。)
 もしかすると,そうした私の言葉とは関係なく,記憶にはディズニーランドなどのテーマパークの光景が浮かんでいることも少なくないかもしれない。スペース・マウンテンで宇宙へ向かって急上昇,ウエスタンリバー鉄道にのって荒野を旅し,深い森の中で白雪姫と七人の
小人たちと遭遇する。ワクワク感がからだにいっぱいに感じられ,次のアトラクションへと向かう足取りも軽やかだ。今度はどんなことが起こるのか……どんな体験が待っているのか……期待に胸が膨らむ。そして,夕闇迫る頃,100万個のライトに彩られたパレードが始まり,幻想的な光の世界へと包まれる。
すでに読者のみなさんは,テーマパークでさまざまなトランス現象が喚起され,体験されていたことに気づかれたのではないだろうか?テーマパークは,そこを訪れる人それぞれに変容体験の場を提供している。そのことに気づくと,オハンロン氏が使った「トランスランド」という言葉の意味が少し実感できたような気がしてきた。
 エリクソニアン催眠は,contextual hypnosis(変化を体験する文脈を創り,そこにクライエントを招き入れる)と形容されることが多い。思い起こすと,ディズニーランドでもその成り立ちや構造について情報を押しつけられたことはないし,「あなたはどこに行きなさい」と指示された記憶もない。ミッキーマウスやミニーマウスも,「また来てね!」などと言って営業している場面に遭遇したことはない。そもそもノンバーバルコミュニケーションだけで一言も言葉を発していないのだから。それにもかかわらず,いろいろな感情が喚起され,やがてそうした体験は素敵な想い出となって浮かび上がる。誰もがこうしたトランス状態に入る能力を持っていたことに気づくことができただろうか?

 マイケル・ヤプコは2010 年のBrief Therapy Conference で,催眠とは変容の場を提供する乗り物であり,その乗り物に乗って,さまざまなトランス現象を体験することができると述べている。トランス現象は,日々体験されているが,時に,気づかぬうちに固定化され,文脈が変化してもアップデートされないままになっていることも多い。しかし受容という場でトランスに入ることができると,忘れ去られていた記憶を呼び起こしたり,背景化されていたリソースと結びつくことが可能になる。そして,今の目的に適合していない状態を再構成することが容易になる。解離を引き起こし,状態を変化させ,選択肢を広げ,異なるものを同時に併存させておくことを許容することを可能にしてくれる。催眠とは,まさに潜在力に帰還するための乗り物であると言えるだろう。
 このところ,瞑想やマインドフルネスが注目を集めている。今ここに没入し,解離しながら気づきを体験する。トランス状態に入るという点では催眠と共通しているが,違いはどこにあるのだろうか?
 第一に,催眠は,目的的である(ある意図を持ってトランスに入る)。どんな体験をしたいのか,意図を持って「トランスランド」に出かける。どこを回ってどんな体験をしていくのか,プランを立てる。そのため催眠はよく方略的であると言われる。(その後,状況や展開によって,そのプランは意図に従って柔軟に変更されていくのだが……)特に,エリクソニアン催眠の場合,必要な体験をクライエントの内側から引き出す変容の場を提供するため,催眠誘導とその後介入が分かれている伝統催眠とは異なり,必要なトランス現象を体験できる場を最初から設えていく。そのため,トランスへの導きとセラピーとの間にはっきりした境界線はなく,両者は密接に結びついている。
 第二に,催眠は,社会相互作用的なプロセスである。気の合う仲間や経験豊かなベテランガイドとテーマパークに出かけると相互作用が促進され新鮮で面白い体験をすることができる。その時のガイドの技量(受け入れられ,安心感の中で必要な変化を体験したくなるような期待の場を提供できるかどうか),出会いの関係性によって,気づきの体験も変化する。セラピーの場合は,この時ガイド役としてのセラピストのあり方と力量が試されることになる。
 テーマパークで体験できることに精通し,クライエントの好みを尊重しながら利用できるガイドなら,クライエント一人ひとりのテーマやニーズに合わせて,いろいろな提案をしてあげることができる。クライエントの反応に応じて適切な刺激を差し出すことができる。オハンロン氏が64,000ドルを研修につぎ込んで知りたかったこと(トランスに入って,さぁどうするか?)の答えもこの辺りにあるのかもしれない。
 本書の出版にあたっては,宮田敬一先生,窪田文子先生のお力添えをいただいた。また,日本ブリーフサイコセラピー学会編集委員会,日本エリクソンクラブの折には,用語やその解釈について,小関哲郎,菊池安希子,竹田博樹,津川秀夫,中野善行の各先生方からアドバイスをいただくことができた。これまでにエリクソニアンアプローチに関する書籍の翻訳を手がけられた諸先輩方とお話しできたことは,何より幸運であった。なお「解決志向」「解決指向」の漢字の使い分けについては,精神分析的アプローチに対する大枠の概念として解決志向的アプローチがあり,その下位範疇にド・シェイザー等のSolution Focused Approach(解決志向アプローチ),オハンロンのSolution Oriented Approach(解決指向アプローチ)が存在すると理解していただくと分かりやすいかもしれない。今回,本書では「解決指向」を採用している。また,オハンロン氏がユーモアを交えながら使う掛詞の解釈については,関西外国語大学の同僚Ellen Head 先生
にアドバイスをいただいた。
 翻訳中は,オハンロン氏を始め,エリクソニアンアプローチのセミナーやワークショップの音声をBGM にして,その詩的で音楽的なリズムに自らを共鳴させつつ,文字通りの情報だけではなく,著者が喚起したい事柄や状態を感じ取りながら,できるかぎり使いやすい日本語で表現することを心がけた。数カ月に及んだ翻訳作業の最中,私を心地よい癒しのトランスへと誘って,心身のバランスを整えてくれた心身統一合氣道,楊名時太極拳の先生方とクラスメイトの皆さん,季節ごとに日本全国の温泉地を巡りナチュラリスティックトランスを肌で感じながら共に学んでいるMindscape研究会のメンバーの皆さん,共同研究でご指導をいただいている南斗クリニックの皆さん,そして,本書の編集を担当され読者に分かりやすい本になるように細かい点にまで心配りしてくださった金剛出版の北川晶子さんに心から感謝を申し上げたい。

 ひとたび,テーマパークのゲートをくぐると,もうその世界は広がっている。そこには,笑顔で歓迎され,安全にも配慮がなされ,新たな体験への期待感を高めることができる受容的な場が用意されている。何をどれだけ,どんなふうに楽しむかはあなた次第。毎回,違ったテーマで,天気の具合やメンバーの構成に合わせながら,いろんなアトラクションを選ぶことができる。やがて夕暮れを迎える頃には,光の世界に包まれて,その幻想的な体験は,フィナーレを告げる花火とともに終わりの時を迎える。時には,転んで擦りむいたり,数時間も列に並んだりしたことも,いつしか想い出のアルバムの中の1コマとなり,家路につく頃には,いつの間にか心地よい疲労感と満足感,表情には明日への活力を感じさせる笑顔があふれている。入園から閉園まで本当にあっという間だった。
 幸いにして「トランスランド」は,生まれもって私たち全員に与えられている。目的に応じて,必要なトランス現象を体験する変化の場を用意することができる(入場料は無料。入場パスは命ある限り有効)。入場後の楽しみと充実度はその人のあり方と知慧,そして少しばかりのスキルによって大きく変化する。
 もし,人生がディズニーランドのような「トランスランド」というテーマパークならば……その終演の時まで,あなたは,どのようなテーマで,どんな仲間たちと一緒に,どのような体験をすることを選択するだろうか?
 「トランスとは,楽しみを抱きつつ入り,智慧を携えて出てくるものである」ジェフリー・ザイグが2009 年のEvolution of Psychotherapy Conferenceで語っていた言葉が印象深く記憶に残っている。これから「トランスランド」を訪れるとき,そこで使われる言葉や文化に精通していたら,体験の選択肢や可能性も広がり,その味わいも一入になることだろう。コンパクトにしてスマートな本書が,あなたとあなたの大切な人たちの素敵な「トランスランド」への旅路のお供になったなら,訳者として大変うれしく思う。

Bon Voyage !
上地明彦