推薦の言葉

 人の一生は,選択の営みの連続と言っても過言ではないでしょう。右に行くべきか左に行くべきか,白を選ぶ方が良いのか黒を選ぶ方が良いのか,Aさんの提案に手を挙げるべきかBさんの提案に手を挙げるべきか等,小学校,中学校,高校そして大学の各時代に,さまざまな選択課題が突き付けられます。
 堂々と短時間内に自身でいずれかの道を選択する者もいれば,誰かの意見や助言を求めて選ぶ者もいます。なかには,悩み,苦しみ,誰にも相談できず,心の奥に入りこんでしまう者もいるでしょう。
 どんなに,強靭でたくましい人であっても,人は一人では生きてはいかれないものです。人と人とが,時と場所に応じて,支え支えられていることを認識して生きていくからこそ,その人の一生は意味があり,また実りある心豊かなものになるのだと思います。
大学の主役は学生です。そして,大学の最大の社会的使命は,良き人材を育て社会に送り出すことです。つまり学生への「教育」が主体的役割です。
 そのことは大学の構成員も学外の人も,社会全体も当然のこととして理解していました。
 しかし,1990年代以降の大学をとりまく環境の大きな変動により,教養教育の衰退,研究重視の組織改革,トップダウン型の管理運営方式への転換,就職活動の早期化等が学生の勉強と生活にさまざまな波及効果を与え,一人ひとりの学生は,それまでの時代の学生以上に,悩み,苦しみ,重大な選択の波に直面することになりました。
 兄弟姉妹や若い叔父,叔母,いとこ等の年代の近い肉親の存在が遠くなり,両親や友人たち以外の者に,物事を決めるための意見や助言を求める学生たちの数は,かつてより増大しているのでしょう。
 大学は,近年,教育機能を低下させてきた現実を認めざるを得ない状況の中から,「学生相談」という形の学生支援の新たな機能と姿を成立させ,今なおそれを進化させようとしています。
 本書では,学生相談の成立と変遷と展望について,大学を取り巻く国の高等教育政策の変遷とその影響への鋭い分析を示しつつ,幅広い視点と実践の積み上げに基づいた鮮やかな論理により組み立てられた快作です。
 一人ひとりの学生の心理的問題にとどまらず,学習,進路,就職,生活,人間関係,異文化交流,性の問題等,さまざまな課題や悩みに真摯に対峙しようという凛々しい姿勢が,描かれています。
 そこからは,一人ひとりの学生を大切に育てあげつつ,大学の教育機能を一層高め,学生の希望と自身を膨らませ,日本の大学の未来に一条の光を与えようという編・著者らの温かでかつ力強い意志を感じとることができます。
 全国の大学そのものが,今多くの課題や悩みを抱き,それらをどのように解決しようかと日々,悪戦苦闘していると言ってもよいでしょう。そして,それらの最も有効な解決策は,一つひとつの大学に在籍する,主役であるはずの学生たちにまなざしを向け直し,彼ら彼女らの発達・成長を支援し,教職員と学生が協働して,大学を動かし前に進めていく本来の姿に立ち帰ることであろうと思います。
 東日本大震災の後,救援・復興を経て,日本再生が国家としての喫緊の課題となっています。
 本書は,学生相談を通して,日本の大学再生に展望を開こうという壮大な叙事詩の一節なのです。

「教育とは,希望を語ること」なのですから。

平成23(2011)年10月
東京大学副学長(学生担当)・政策ビジョン研究センター教授
武藤芳照