監訳者あとがき

私は常に、「問題」概念を問題化することに興味を持ってきた。 この大きな仕事を始めたのは、MRIの功績であり、ジョン・ウィークランドがその代表であることは間違いない。

デイヴィッド・エプストン(註1)


 本書は、Fisch, R., Ray, W. and Schlanger, K. (Eds.)Focused Problem Resolution: Selected Papers of the MRIBrief Therapy Center, Zeig, Tucker & Theisen, Inc. Phoenix, Arizona, 2009 の抄訳である。全一八本の論文から(後で記すように)一二本を選んで訳出した。原書と同様、ウィークランド二に対しフィッシュ一で、ウィークランド論文集の色彩が濃いものである。
 ウィークランドという臨床家は常に私の理想である。本書の随所に立ち上るジョンのまったく流行に流されることのない一徹なモダンさは、深く静かな感銘をもって迎えられることと思う。テクニックは言うに及ばず、百戦錬磨、現代のフォロワーも後を断たない、そんなセラピストである。ジョンの論文を読んでいると、ジム・ホール(註2)のギターが聴きたくなるのは、私だけだろうか? Musician’smusician ならぬTherapist’s therapist の実像がここにある。

 ところで、もしもみなさんが「家族療法において最も重要な文献を五本挙げてください」と頼まれたら、どうお答えになるだろう。ご心配には及ばない。正解などないのだから。ただし、あなたの家族療法観は完全に透けて見えることになる。私なら、こう答える。
Bateson G, Jackson D, Haley J, and Weakland J: Toward the theory of Schizophrenia, 1956.
Jackson D and Weakland J: Conjoint family therapy, 1961.
Weakland J, Fisch R, Watzlawick P, and Bodin A: Brief therapy: Focused problem resolution, 1974.
Weakland J: “Family therapy” with individuals, 1983.
White M and Epston D: Narrative means to therapeutic ends, 1990.
 私にとっての家族療法が丸見えだろう。そう、家族療法の最大の特徴は、その内部に自己批判する力を宿していることなのだ。人々を理解するのに精神内界ではなくコミュニケーションに焦点を当てること、家族全員を面接に集めて直にそれを観察すること、しかし家族内コミュニケーションのすべてが問題形成に重要ではないと判明するやそれをやめて解決努力が問題であると提唱したこと、面接にはクライアントひとりしか来なくても「家族療法」つまりシステミックな治療ができると提示したこと、そして治療メタファーをシステムからナラティヴに移行させたこと。要するに、家族療法の歴史は、「問題」について真摯に取り組んだ人々の歴史なのである。仮説がいつまでも仮説に留まることはない。上記五本のうちの二本を本書で紹介できるのは訳者冥利に尽きよう。エピグラフに記したナラティヴ・セラピスト、デイヴィッド・エプストンの卓見を念頭に置かれ、ブリーフとナラティヴの一貫性についても理解を深められることを切に願う。

 私がはじめてMRI(Mental Research Institute)の人々に会ったのは、一九八八年の二月である。沖縄で心理療法を広く勉強していた宮里マチ子さんたちのグループから、メンロ・パークでクローズトの勉強会をするからぜひ行きましょうよと誘われ、はじめてアメリカの土を踏んだ。当時、ハイビスカスの咲く窓辺から東シナ海に沈む夕陽がきれいな丘の上の総合病院に小児科医として勤務していた私は、週に何度か深夜に吸入に訪れる小児喘息の患者家族といつしか真夜中に家族療法面接をするようになっていた。家族療法の著作はごくわずかしか翻訳のない状況で、幸いにもMRIブリーフセラピーについては『変化の技法』が訳出されており、ミニューチンのような分かりやすさがないところに何かシステム論の真髄を見るような気がして、大いに興味をかき立てられた。セイクリッドハートの修道院に、MRIとITP(Institute of Transpersonal Psychology)のスタッフがわれわれ日本人数名のために入れ替わり立ち代わりやってきて講義を聴かせてくれたのは、当時スタンフォードで日本文学を教えておられた鈴木秀子さんとMRIのジム・モラン神父のおかげである。結局、その二年後に、MRIに留学し、後年ナラティヴ・プラクティスにつながる勉学と、ウィークランドを師と仰ぎながらの臨床技術獲得の二つに集約される毎日を過ごすことになった(註3)。わずか一年とはいえ唯一の留学体験であり、それはその後の私の人生に大きく影響した。帰国後すぐに、渉猟してきたウィークランドの全五八論文を二分冊に自家製本し、いつになったら翻訳できるだろうかと考えていたわけだから、本書は構想二〇年と言っても過言ではない。

 帰国時の「連絡を絶やさないように」というウィークランドからの言葉通り、困ったことや疑問があると(eメールのない当時)手紙を書いては教えを請うことになった。流れるように表裏ぎっしりと書かれたMRIの便箋は忘れ難い。最後の手紙は、一九九五年六月一二日のものだ。五月二一日の手紙で、精神科に転科したのは相互作用的視点を捨てるためではないからご安心をと冗談まじりに書き、“Propagation” の上梓を祝い、ヘルとウィークランドの『老人と家族のカウンセリング』の翻訳チェックをし、七月上旬には訪問する旨を伝えた私への返信である。彼は晩年、筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患っていたが、「からだの調子は全般的にかなりよいけれど、日増しにがんばりが効かなくなってきてはいる」と、お手伝いさんに口述筆記させた書面にサインだけが自筆されていた。結局、その年のカリフォルニア行きは延期となり、七月八日にウィークランドは死去する。続きは、パートナーのアンナへの遅ればせのお悔やみの手紙となった。
……訃報に愕然としました。もしも初旬にそちらへ行けばお会いできたのにと思うと、残念でなりません。私の人生において、遅れが災いしたのはおそらくはじめてのことでしょう。誇張ではありません。ある意味、ジョンは“go slow”「ゆっくり行きなさい」にさえも例外があることを死をもって私に教えてくれたのでしょう。そのような最期の「忠告」が必要なら、それほど私の臨床の力など伸びなくともよかったのです。最後の手紙でも、ジョンは『老人と家族のカウンセリング』の翻訳上の疑問に答え、随分励ましてくれました。彼にはじめてお会いしたのは一九八八年の春で、すでにジョンは老人でしたから、いつでも微笑んでいる祖父のように思ってきました。ですから、老人の問題を扱う本を翻訳するのは、とても意味のあるものでした。……
 地元紙に掲載されたジョンの死亡記事での盟友ディック( ・フィッシュ)のコメントを引用しよう。「ジョンが自分の病いにどんなふうに対処したかというのは、彼の人生への対処法として特徴的なものでした。彼がクライアントに言っていたように、死ぬのは変えられない以上、できる限り活動的でQOLを維持するためには何でもやったのです。亡くなる前日に彼の家に行ったんです。ジョンがまだトレッドミルを使って運動しているなんて思いもしませんでした。ところが、ジョンは、僕が驚いたのを見て、驚いたんだよ」(註4)

 一九九六年にヘルとウィークランドの『老人と家族のカウンセリング』を訳出してすぐだったと思う。本書の編者のひとり、レイを新潟でのワークショップの帰りにつかまえて、東京ステーションホテルでランチをしながらいろいろ話す機会があった。彼がMRIの今後を熱く語る中、ウィークランドの論文集を出すこと、それを私が訳出することもそこで確認された。しかし、レイはさまざまなアーカイヴの仕事に忙しく、それはなかなか実現しなかった。中でも二〇〇一年には、レイ、フィッシュ、シュランガー編の“The Anthropology of Change” として、目次ばかりかウィークランドが自らの半生を語る実に興味深いインタヴューで構成された序文まで送られてきた。論文集はかなり大部のものだったので、第五部だけをブリーフセラピー編として出版することになった(それは、本書収録論文のおよそ半分に相当する)。しかし、その原書企画はいつのまにか立ち消えになり、今回ようやくMRI論文集として日の目を見ることになったわけだ。ワツラウィックの論文が収録されていないのは、同出版社よりすでに二冊の論文集が刊行されているためであり、ディックは元々論文を多く書くタイプではなく、本書はウィークランド論文集に近い形に落ち着いたのである。原書の目次は末尾に示したが、抄訳のために以下の通り論文を選択した。まず、原書第八章と第九章の症例報告は、初出の編集本である『家族療法と家族療法家』(金剛出版)の邦訳があり、そこにすでに収録されているため、割愛した。また、第六章と第一六章は同様の傾向にあるため、後者で代表した。そしてダブルバインド関連の論文は、第三章、第一〇章、第一一章の三本があるため、第一一章で代表し、第一章はブリーフセラピー誕生以前の論文として割愛した。また、補遺として未完の“The Anthropologyof Change” の序文を無償で翻訳許可して頂いた編者のひとりレイにもここで深謝を伝えたい。本書表紙には、四五年にわたるジョンのパートナーでアメリカの女性Who’s Who にも選ばれた画家アンナAnna Wu Weakland の作品を借用した。昨年七月末に一三年ぶりにご自宅を訪ねた際、本書での使用を快諾して頂いた。また、金剛出版の立石正信社長は、十数年、本書の夢想につきあわされても嫌な顔ひとつされず、今回の出版に際しても高島徹也さんを抜擢して下さり、迅速かつ堅実なるサポートを頂いた。訳者一同、こころからお礼申し上げたい。

二〇一一年九月一一日 監訳者

(註1)
Epston, D.(1993)Internalising Discourses versus Externalising Discourses. In Gilligan, S. & Price, R.(eds.)Therapeutic Conversations. W.W. Norton, New York. Also In David Epston(1998).Catching up‘ with David Epston, Dulwich Centre Publications.(エプストン・D「内在化言説対外在化言説」(小森康永監訳)ナラティヴ・セラピーの冒険、創元社、二〇〇三所収)

(註2)
ジョン・ウィークランドは一九一九年生まれ。つまりセロニアス・モンク(一九一七年生まれ)やチャーリー・パーカー(一九二〇年生まれ)と同じ世代に属しているが、その活躍が五〇年代に始まったせいかイメージとしては、むしろもう少し後のジム・ホール(一九三〇年生まれ)くらいのモダンさを感じる。ふたりとも年を重ねれば重ねるほど魅力を増すところが、なんとなく似ている。

(註3)
小森康永(1993)MRIブリーフセラピー・インテンシヴ・トレーニングの実際.家族療法研究、一〇巻一号、四一‐四八頁。Geyerhofer, S. and Komori, Y. (1995)Bringing forth family resources in therapy. Zeitschrift fur Sozialpsychologie und Gruppendynamk in Wirtschaft und Gesellschaft, 20(3); 24-28, Also in Fisch, R. & Ray, W.(Guest editors).(2005)Principles of problem formation & problem resolution, 39 years of innovation at the Mental Research Institute Brief Therapy Center, a special double issue on the MRI Approach, Journal of Brief Therapy.(http://www.bssteuropeanreview.org/articoli%202004/geyerhofer.pdf)

(註4)
Mercury News Staff “John Weakland, 76, psychotherapist”, San Jose Mercury News, July 14, 1995.