あとがきに代えて―癒しの鳥―

 10年くらい前になるだろうか。しばらくロンドンに滞在していた時,ふと,あるアンティーク・ショップをのぞいた。
その店は,中近東とアフリカのアンティークを専門に扱う店で,4畳半くらいの店構えの中に,古いガラス瓶や壷などがならべてあった。店の主は初老の元美術学校の教師で,退職後,趣味といくらかの実益をかねて小さな店を開いたという。週に2日,水曜日と土曜日だけあける店であった。
 その店の雰囲気が何となく気に入って,それ以来,時々,その店に立ちよるようになった。彼が,古い物に囲まれて幸せそうに美術書や考古学書を読んでいる姿をみると,何故かほっとするのである。自分の好きなものに囲まれ,自分の好きな本を読み,好きなものを巡って立ち寄る人と話をする。決して儲かりそうにはないけど,こういう風に年をとるのはいいな,と感じるのであった。
 数年前の冬にその店を訪れた時,彼は私に,「最近,私はますますアフリカのものが好きになった。今日は君に見せたいものがあるんだ」と言い,見せてくれたのが「癒しの鳥」であった(中扉の画,参照)。
 これは40センチくらいの高さの鉄でできているもので,先端部分が傘のようになっている。傘の部分は,中心に大きな鳥がおり,それを十数羽の小さな鳥が身体を大きな鳥に向けながら取り囲んでいる。
 アフリカのナイジェリアのあたりでは,病んだ人が出ると,これを家の中に立てるか,家の前の木に立てて,健康の回復を祈ったのだという。
 不思議なもので,大きな鳥が小さな鳥に「何か」を注いでいるようにも見えるし,逆に,小さな鳥が集まって大きな鳥に「何か」を注いでいるようにも見える。
 現代のような医学が進んでいない時代,人々は病人に薬となる草や実を食べさせ,後は傍らに座って手を握り祈っていたのだろうと思う。家族だけでなく村の人々が皆で病気の回復を祈っているという思いが,この大きな鳥をたくさんの小さな鳥が取り囲むという形の中に現れているように思う。
 現代医学は確実に進歩している。しかし,医学が最善を尽くしても,後は待つしかないときがある。
 そのような時,現代でもわれわれは祈っている。何かに祈っている。そして,もちろん自分も祈るのだけれど,同時に自分の周りの多くの人たちも祈ってくれているのを感じたとき,多くの人たちに生かされている自分というものを感じ,「生きようとする力」とでもいうべきものが涌いてくるのではないだろうか。
 精神科医として働いていると,とくに心の疲れや病は,人とのつながりの中で癒されるのだと感じる。
 病室のベッドの傍らに,病気回復を祈念したお守りやお札があるのをみると,回復を願う家族や周りの人たちの祈りを感じる。時代を超え,地域を越え,変わらぬ人の思いを感じるのである。


 私の自宅から勤務先まで,30分あまりバスにのる。それは町並みや田んぼの中を通りぬけていくのだが,単純にまとめると一つ目の橋を渡り,その後,大きなS状のカーブを描く丘を越え,そしてもう一つの橋を渡るというものである。そして,この3つの橋・丘・橋というものが,私を家庭から職場への移行を助けてくれているのに,ある時,気づいた。橋は2つの世界を繋ぎ,小さな丘は新たな世界の展望を私に提供してくれる。その一つ目の橋のすぐ側に,小さなもう一つの生活用の橋とでもいうのだろうか,人と自転車しか渡れない小さな橋がある。実は,私はその橋を見るのが好きなのである。たまに別の方向を見ていてその橋を見逃すと,とても残念でしょうがない。その小さな橋では,日傘をさした母親が幼稚園児と思われる子どもの手を繋いで渡っている姿や中学生や高校生が登校のために自転車で渡っている姿が見えるのである。その橋の光景をみると,私が幼稚園に行っていたころや中学生・高校生時代を思い出して,とてもなつかしいだけでなく,何か「平和」というものの原風景をみるようで,あたかも「母なるもの」に護られて,新しい世界に入って行くような感覚を抱くのである。次のS状の丘の道は一瞬,目の前を閉ざされた感じとその直後に少し小高いところからの眺望を私に与えてくれる。それは普通の田園風景なのだが,私には北海道やイングランドの田園風景を見るような感じがするのである。一瞬,旅人になった感じを取り戻す。そして,最後の橋は,たくましい橋で一気に川を渡り,見ると現実の大学の建物が建っているという按配である。私は毎日,その橋・丘・橋とすぎることによってこころの衣替えをする。
 人はさりげない風景に助けられながら,時には苦しめられながら生きているのではないか,と思うことがある。風景は思い出と重なり,人の前に立ち現れてくる。風景は急には変わらない。しかし,日々の生活の中で思い出が積み重ねられ,風景は異なって見えてくる。青年たちの,周囲のおとなたちの,そして私の目に映る風景が,少しでもあたたかい平和なものになることを願いながら,今日も橋を渡っている。


 本書を終える前に,二十数年前に私が精神科医を志した時,私に精神医学の基本的考え方を手ほどきして下さった大月三郎先生(岡山大学名誉教授)に,また,押しかけ弟子である私に,精神分裂病をはじめとする精神科治療を教えて下さった中井久夫先生(甲南大学教授,神戸大学名誉教授)に,青年期臨床とは何か,どのような視点が求められているのかを気づかせて下さった清水將之先生(関西国際大学教授)に,そして治療者は矛盾やパラドックスを抱きながら臨床に臨むものであり,また人生もそうであることを教えて下さった村瀬嘉代子先生(大正大学カウンセリング研究所教授)に心より感謝申し上げます。そして,仕事をともにしてきた多くのよき同僚たち,とくに,現在,勤務している川崎医科大学精神科学教室の若い同僚たちには改めて考える機会を与えてくれたことに感謝いたします。
 また,本書の企画・立案・編集にひとかたならぬお世話になった金剛出版の立石正信氏に感謝申し上げます。氏の温かくかつ粘り強い励ましがなければ,本書は形にならなかったと思います。
 最後に,私の妻と,私の子どもたちに感謝します。妻はいつも最初の読み手であり,率直で建設的な感想を聞かせてくれました。また,子どもたちは,青年が今,何を見,何を考えているかを示してくれています。
 このような多くの人との対話や雑談の中から,本書は生まれてきたように思います。

  2001 年8月
秋の気配を感じる夏の終わりの日に
青木省三