推薦の辞

 待望の書「糖尿病の心療内科的アプローチ」がここに登場しました。
 手に取っておられる方にはすぐにわかっていただけますが,飾らない日常感覚の文体とわかりやすい図表で構成されており,診療や面接場面での瀧井の親切でていねいなアプローチがこの書にそのまま著わされています。本書は,長年心療内科領域において糖尿病や摂食障害等の治療を誠意実践してきた臨床医瀧井正人による最初の著作であるだけではありません。糖尿病へのこまやかな治療的かかわりを通して,人が生きるということそのもの,そしてその困難さにどうかかわっていくかを描き出しているものです。ですから糖尿病にかぎらず,病者にかかわるというところから多くを学べるのです。
 瀧井は朴訥という表現ができるかもしれないほど,誠意ある謙虚な人です。それは本書でも「当科」,「私たち」という表現を使っていることや提示されている面接場面での彼の語り口からもわかられると思います。この控えめながら豊かな臨床経験を踏まえた確固とした信念に基づく誠実な在り方が,臨床家瀧井正人その人なのです。働く分野は異なり,おもに使う臨床技法も異なりながらも,私が瀧井に敬意を抱き魅かれるのは,このこころにあります。
 こんなことは本書を読むまで,それこそ30年以上の間考えたこともなかったのですが,もし私が心療内科で働いていたころに瀧井と出会っていたなら,私は心療内科を離れなかったのかもしれないと思いました。心療内科医は心身にかかわると言いながらも,それは理想論にすぎず,念仏のようにそれを唱えるだけで実践の研鑽は怠られているとその齟齬を感じ,私は心療内科を離れました。現在の心療内科の実情について私は知りません。しかし驚くべきことに,今日精神科医がすべてを脳の働きとみてこころをみないようになっているのです。それでも時勢に流されず,こころをきちんとみていこうとする心療内科医や内科医,精神科医,看護師や臨床心理士,薬剤師,検査技師等の臨床職の方たちも多いにちがいありません。そして何よりこの姿勢こそが,患者さんやその家族が必要としているものなのです。瀧井の真の臨床家としての地道な実践は,そうした方たちに希望をもたらすにちがいありません。
 この読みやすい本書から,読者が直接学べることは実にたくさんあります。実際の臨床場面でただちに使える方法やことばが数多く収められています。しかしもっと学べることは,瀧井の一人ひとりの人間にかかわるその姿勢ではないかと私は思っています。本書に登場してくる糖尿病を抱えた患者さんたちに向けた瀧井の視線に,鋭い中にもその人を思う確かな愛情を感じるのは私だけではないでしょう。危機的な場面であろうと,拒否的だったり回避的だったりする患者さんと厳しく対決しなければならない場面であろうと,そうした困難を打開するために断固とした姿勢をとりながらも,「こころの物語」を読み込んだ暖かな思いやりが,あるいは哀しみへの共感が必ず添えられています。そこから糖尿病の患者さんに限らず,さまざまな病を心身に抱えた人たちに,私たちがどのようなこころで接することがほんとうの援助になるかをじっくりと考えていくそのヒントを得られると思うのです。
 私たち誰もが万能ではありません。しかし人として最善を尽くすことから,最悪と思える状況に希望の灯りを見出せることを,瀧井は糖尿病臨床場面の逐語的な描写から私たちに示してくれています。
 糖尿病という病にかかわるあらゆる方のみならず,真の医療,真の臨床を模索しておられる方にこころより本書をお薦めします。

京都大学 松木邦裕