序文

 本書は臨床のプロにも,大学院生にも読んでもらえるものと思う。思慮深い,しかも実践的な参考書であり,読者がパーソナリティ障害の基準を満たすような難治性の患者に直面するときには,何度も役に立ったという経験をするはずである。20 年前まで,これらの障害が占める位置は,たとえ臨床心理学や精神医学のなかでは緊迫したものではなかったとしても,周辺領域にとどまっていた。びっくりさせるような,といってもよいほどの成り行きの変化のおかげで,DSM―VやWでは,これらの障害がU軸によって主要な地位を占めるようになった。
 Sperry博士は心理学者としても,また精神医学者としても訓練を重ね,臨床的診断や治療に洞察力のある,しかも組織された教師として十分に用意と訓練ができている人物である。彼は効果的,且つ適確に自分の考えを伝えることができる人であり,しかも複雑な考えを明晰で,容易に理解できるしかたで伝えるのである。これは,このますますもって重要な臨床領域になりつつある分野の著作家としては,とりわけだれもが持っている才能とはいえないだろう。彼の詳細な説明,理論の統合は実に見事である。
 とくに重要なことだが,Sperry博士も認めている。ここ10年間にパーソナリティ障害の分野で生じた進歩には著しいものがある。したがって,ここに広く受け入れられ,読まれた第1版の改訂が実現するのである。そのうえ,精神保健サービスへの需要が天文学的に高まっているのが現状である。人々は,彼らの心理的な困窮が健康,仕事などにおける十分な経験,社会関係,個人的な幸せ,それに創造力にも大きな被害をもたらすことに気づくようになった。厳しい環境からくる不満や不幸を甘んじて受け入れようとはせず,これまでより多くの人々は,十分に専門的な援助を求めるようになってきている。同じように,人の意表をつくほどはっきりしているのは,援助を求める患者はたいてい,ずっと以前から続いている態度や考え方や対処行動の不適応に悩んでいることである。これは,ラベルをはられたパーソナリティ障害の患者では基本的といえる。必要なのは,診断の手段を手際よくやって臨床家がすかさず問題となる人格構造や,多くの手段を提供する,実践的な,しかも短期の治療方式を見つけられるようにすることである。Sperry博士の著書は,まさにこの目標を達成するうえで非常に役立つものと思われる。
 彼のアプローチは,単にパーソナリティ障害の簡単な内容記述を越えている。
 Sperry博士は読者が基盤にある原因を理解し,こうした障害をどうすれば治療できるかについて,その手掛かりを提供してくれる。本書はもちろん,相当の臨床的経験の持ち主にとっても助けになろうが,とりわけ,間もなくこれらの問題を持つ患者との臨床を経験することになる初心者の高い評価をかちとるであろう。また,本書は最初の診断上の接触から始まって,最終的な治療の評価に至る,途中のあらゆるステップを踏み出す上で新人の臨床家の助けになる。
 Sperry博士が指摘するように,パーソナリティ障害の領域は精神療法の実践面でますます重要なものになってきている。以前は統合失調症,ないしは感情精神病にだけ焦点を当てていた空きを埋めることになる。後者の疾患は今日,その少数のものだけが臨床家に面倒をみてもらっているが,人格の働きの障害は到るところに存在する。その場合,あるものは夫婦療法とか家族療法,犯罪科学,行動医学や健康心理学,神経心理学,またあるものはそのほか外来患者の作業をめぐる主な領域などの実践に走ろうとするかもしれない。この分野で文献がすごく増えて,来るべき10 年間にはその他の心理学,精神医学の領域をやがて上回るだろうことは,別に意外でもなんでもない。これまで,私の著書『パーソナリティ障害』は広範囲に問題を取り上げたものだが,これまでのところ第2版を経て30刷出版したという結果になっている。Sperry博士の今回の出版は,これに加えて,この分野における見事な発展と有益な著作が,ますます受け入れられるきっかけをつくることになるであろう。
 また,Sperry博士の著作は,心理療法の実践が大いに,また広くゆきわたっているこの領域に,基本となる役所を割り当てるという精神健康分野の決定に功績があることを言い添えておく。出版社がこの改訂版を書くよう彼に慫慂して,その結果が隆盛をきわめる研究分野で面目を一新して最新のものになったことは,この業績に対しての注目に価する褒賞といってもよい。

セオドア・ミロン Theodore Millon