はしがき

 『パーソナリティ障害:診断と治療のハンドブック』の公刊は1995年にさかのぼるが,DSM―W出版のあとに出る,DSM―Wに基づいたパーソナリティ障害の最初の著作であった。この『ハンドブック』はいくつかの点でユニークであった。読者にとって使いやすく,ひとりの著者によるテキストであり,パーソナリティ障害の診断と治療に関する包括的で,まとまったアプローチを提供してくれるものであった。単独の治療的アプローチか様式に絞るよりも,『ハンドブック』は基本的にあらゆるアプローチないし様式を取り扱うことになった。つまり,個人療法,集団療法,夫婦・家族療法,薬物による管理,それにまた諸他のアプローチを結合し・統合したもの,などである。
 『ハンドブック』を出版してから,パーソナリティ障害に関係する多くのめざましい,胸のときめくような事態の発展が表に現れてきた。最も注目に価するのは,成功する効率の高い治療を活用する臨床家が増えてきたことである。
 いままでは治療不能とされてきた事例にも利用されるようになった。パーソナリティ障害の治療可能性に関する臨床家の態度のパラダイムシフトは,1990年代の後半までには,はっきりと説得力のあるものになっていた。この態度の変化は,多くの臨床家の現実の治療経験に反映されているものだが,極度の恐れと絶望感から希望と楽観への変換がからんでいた。そしてそれは,これらの障害のなかでも最も治療がむずかしい―境界性パーソナリティ障害をそのなかに含む―ものでさえも,より新しい,集中的な戦術や介入でずっと治療しやすくなってきている。
 2000年にアメリカ精神医学会(APA)は,『精神疾患の分類と診断の手引改訂第4版(DSM―W―TR)』を出版した。このタイトルが示すように,どちらかといえば特定の診断基準ではなく,DSMの診断カテゴリーを支持する本文と背景にある情報が,主に改訂されたのである。この新しいDSMの主たる正当な理由は,研究や臨床実践で著しい前進が生じたからである。DSM―Wが出版された年の1994年以来,これは改訂が行われる正当な理由になった。
 パーソナリティ障害の診断と治療がこうしてめざましく発展し,前進したために,『ハンドブック』の改訂は必然といってよい。第1版もそうであるが,最新版の目的は多くの新しい理論,アプローチ,それに研究の結果を臨床家に親切なハンドブックとして一つにまとめ合わせることである。つまり,包括的で簡にして要を得た,しかも実践的なマニュアルで,同時にまた読者にも親切なものである。私は本書を,資料や表や図に現すことで要約し,特定の情報をいちはやく見つけることができるようにする特別のセクションの項目を設けることによって,さらにもっと臨床家や読者に親切なものに仕上げたいと思っている。
 第1章はすっかりあらため直して,かなり詳しく述べた。診断や治療におけるいくつかのわくわくするような,最先端の動向を詳述しておいた。診断の動向のなかには,パーソナリティ障害の原因における愛着スタイルの影響や気質,文化,情緒の乱用,放任などの影響も含まれる。この章では,これらの障害に関連する機能障害―これはしばしば見過ごされることが多いものであるが―のことも議論の対象になる。現在,DSM―5の人格と関連する障害のワークグループ(DSM―5 Personality and Relational Disorders Workgroup)が,現在の診断のカテゴリーモデルを補足するか,取って代わるために5次元アプローチを評価する作業に携わっている。それに応じて,これらの次元診断モデル―その一つが多分DSM―Wで採用された診断の図式と思われるが―が簡潔に表現される。治療の動向には脳−行動的な観点,より新しい薬物の使用,治療,そして新しい介入の方法,たとえばマインドフルネス,スキーマ療法,構造化された技能介入,認知的対処療法,発達療法などが含まれる。
 第2章から第11章まで,各パーソナリティ障害が誘因となる特有の出来事という観点から,行動,人間関係,認知,情緒,愛着の各スタイル,気質,親の命令,それとともにそのDSM―W―TRの記述と診断基準なども簡単に紹介されている。同じく精神力動的,生物社会的,認知行動的,対人的,そして統合的・生物心理社会的な臨床の体系的表現と事例の概念化も記述してある。パーソナリティ障害の査定は面接の行動やラポール,ならびにMMPI―2,MCMI―V,TAT,ロールシャッハ・テストなどを含む心理テストのデータという形で議論の対象となる。終わりにあたって,それぞれの障害に対して治療的検討が加えられる。これらのなかには実質的にすべての治療的アプローチや様式が含まれる。すなわち,個人心理療法としてはさまざまの精神力動的,認知行動的,対人的アプローチであり,集団療法としては夫婦・家族療法である。そのほか薬物による対策,それに統合的なもの,併用(組み合わせ)して治療的介入にあたるものなども含まれる。
 第4章にはいくつかの注目に価する追加がある。これらのなかには,アメリカ精神医学会の近刊『境界性パーソナリティ障害の患者を治療するための実践的治療指針』,治療中の早期児童虐待の影響に関する最近の研究の記述,外傷性対非外傷性の治療径路の選択を論じたもの,愛着行動理論と治療におけるマインドフルネス技能訓練の価値について,弁証法的行動治療とスキーマ中心療法の最新情報,構造化されたスキル訓練的介入と認知的対処療法の将来性,などが含まれる。
 精神医学,臨床心理学,カウンセリング心理学,精神保健カウンセリング,夫婦・家族療法,精神科看護師などの臨床実践に携わる人びと,ならびに研修中の人たちは,ここではパーソナリティ障害の患者を診断し,体系的に表現し,計画を立て,そして治療を実行する助けとなるように特定の情報や,臨床的に役立つ戦術や戦略を取得することが必要である。私の切実な希望と期待は,本書が読者の理解と治療の最終結果を豊かにさせることにある。

レン・スペリー, 2003 年2 月