日本語版への序

心理学の魅力的な世界へようこそ!


 この世界への案内となる『ヒルガード(とアトキンソン)の心理学』は長く,豊かな歴史を持っています。1950年代にスタンフォード大学の心理学教授であるアーネスト・ヒルガードが,大学生たちに心理学の発展中の分野を紹介するための総合的かつ刺激的な教科書がこの心理学領域には必要だ,と決意したところから始まりました。執筆にあたり,ヒルガードは,学生に心理学における重要な質問をとりあげ,これらの質問への答え方を教えるという方法に努めました。彼は他の教科書以上に,個人の問題や社会問題に対しての心理学の応用に,紙面を割くように心がけました。また,当時,論争されていた問題の詳細を書いた,〈批判的紙上討論〉という特色は心理学の教科書としてはまったく斬新なものでありました。大学生の興味に訴えることに加え,ヒルガードは心理学の総合的かつ厳密で正確な最新理論と研究を提供できるよう努めました。そして彼は,学生にとってわかりやすいことばで研究内容を示しつつ,従来のどんな入門書よりも学術資料を豊富に盛り込むことで,その目標を達成したのであります。
 その後,共著者となるリチャード・アトキンソン,リタ・アトキンソンが加わり,彼らの教科書は,厳密かつ正確な最高水準の入門書となりました。本書の第15版は,現代の最先端の研究も網羅しつつ,画期的な古典的研究も扱い,このよき伝統を引き継いでいます。古典的
研究は,心理学の基礎であり,それを理解し正当に評価することは学生にとって非常に重要なことであります。わたしたちはこれらの研究を取り上げ,心理学分野や日常生活におけるその多大な影響力を力説します。また,現代ではおびただしい数の革新的な心理学研究がなされていることを認識し,第15版では,認知神経科学,ならびに脳と行動連関に関する研究の発展,感覚と知覚における基礎研究の創造的な応用,感情研究の「新しい波」,人格領域での知能理論,遺伝理論,進化理論,ならびに文化に与える社会心理学的な枠組みなど,心理学においてもっとも有望視されている新たな研究を扱っています。新旧の心理学研究の最良のものの組み合わせが,じつに総合的で刺激的な全体を作り上げています。
 『ヒルガード(とアトキンソン)の心理学』の第15版は,この教科書の歴史の中でも新時代を迎えました。その特徴の一つとして,執筆
陣と教科書の国際化があげられます。執筆陣は,イェール大学心理学教授のスーザン・ノーレン・ホークセマが筆頭になっています。ノー
レン・ホークセマは,以前スタンフォード大学でアーネスト・ヒルガード教授とともに教鞭をとっておりました。共著者のノース・カロライナ大学のバーバラ・フレデリックソン心理学教授,ならびにワシントン大学ジェフ・ロフタス教授はともにスタンフォード大学との造詣の深い方々です。そこに,オランダのユニバーシティ・カレッジ・ユトレヒトのクリステル・ルッツ講師が加わりました。『ヒルガード(とアトキンソン)の心理学』は丁寧に多くの版を重ね,世界各国に普及し,親しまれていることはもちろんですが,この第15版は,アジア,中東,ヨーロッパの著作や論文も網羅し,文字どおり世界的な教科書に拡張されております。今回,上越教育大学大学院内田一成教授によって監訳される『ヒルガード(とアトキンソン)の心理学』の日本語版によって,わかりやすく,信頼でき,しかも楽しい心理学入門書を日本の学生が利用できるようになることは,非常に喜ばしい限りであります。
 『ヒルガード(とアトキンソン)の心理学』の第15版は,いくつもの特徴を持っており,学生が論理的に考えられるように,それぞれの分野で,新しい論争の的になっている話題に取り組むことができます。すべての章には,国際的に第一線の心理学者による対立する立場からの紙上討論である〈両面を見る〉とよばれる特集があり,これは学生に,心理学における重要な課題への取り組み方を手ほどきし,論理的思考力を鍛錬し,どの問題が未解決であるのかを理解する手助けにもなります。たとえば,第3章では,“The Nurture Assumption”(石田理恵訳『子育ての大誤解―子どもの性格を決定するものは何か』2000 早川書房)の著者ジュディス・リッチ・ハリスと,有力な発達心理学者であるジェローム・ケーガンが「親は子どもの発達に役立つのかどうか」について,紙上討論をしています。第9章では,オランダのナイメーヘンにあるマックスプランク心理言語学研究所のスティーブン・C・レビンソンとアシファ・マジットがアメリカ合衆国のデラウエア大学のアンナ・パパフラジョウと「異なる言語を話す人々は思考様式が異なるのか」について紙上討論を繰り広げています。
 もう一つの特徴である〈最先端の研究〉では,斬新な心理学理論や心理学研究の現代的な問題への応用を扱っています。読者は,心理学研究が示す新たな見解や重要な社会的問題の解決策に,さぞ心を引きつけられることでしょう。その中には,青年に及ぼすインターネットの心理的影響や自殺の生物学的研究などがあります。
 第15版には,学生にとって学びやすくするための多くの特色があります。〈本章の概要〉には検討される主要な題目の概要が章ごとに用意されています。これは学生が読んだり,ノートをとったり,勉強したりする手助けにもなります。〈概念解説表〉は,表形式で鍵概念がすばやく一覧できるようになっています。〈ここまでの要約〉はそれぞれの節ごとに要点をまとめています。〈評論問題〉は,実際に読んだ箇所を統合したり発展させたりすることができるように,すべての節の終わりに用意されております。そして〈本章の要約〉では,章ごとの要点を一覧できるようになっています。
 『ヒルガード(とアトキンソン)の心理学』の著者として,この第15版に寄与してくれた多くの学者や編集者,心理学の素晴らしい世界を紹介していただいた指導者,そして心理学の世界を斬新で新しいものにしていく学生の皆様に感謝の意を示すとともに,『ヒルガード(とアトキンソン)の心理学』の読者が本書によって雄大で豊かな心理学を探求していくことを願ってやみません。

2012 年1 月1 日
イェール大学心理学教授
スーザン・ノーレン・ホークセマ
上越教育大学大学院臨床心理学教授
内田一成