あとがき

 教師として,若い方々に出会うということは,自分の知識や経験を伝え,人を育てるということもさりながら,実は自分自身が「学ぶ」機会に恵まれることだと,かねてから心してきた。中でも,新保氏に出会って,その感はいっそう深くなった。新保氏は教育学の修士課程を終えられてから,臨床心理学の領域へと進まれたのだが,「真摯で緻密な観察眼と考え方,そして客観性と感性のほどよいバランスの持ち主」という初対面の印象は今も変わらない。
 新保氏の博士課程での研究は,心理臨床家の熟達化とそれを促す要因を究明するというテーマであった。研究成果は独創性のある貴重な知見を提示する内容で,それにも感じ入ったが,その研究過程で,時間と労力を要し,かつ現時点での「自分の心理臨床家としての総合的力量」が自ずと明らかになるような,俗に考えると遠慮したくなるような経験であろうと想像される被験者になることに,若い心理臨床家はもちろん,一家を成した錚々たる方々も気持ちよく協力なさったことに感服した。新保氏の精緻に準備された,しかも現実の心理臨床に裨益するであろう研究テーマへの共感とともに,その誠実さ,人柄に依頼を受けた方々は魅了され,こころよく協力なさったのであろうと納得し,感じ入ったことである。
 プロフェッショナルとしての熟達化の要因については学位取得後も,新保氏は研究テーマの一つとして追求されてこられた。その研究の成果の一つが本書である。
 このように新保氏が私の著作をすべて読まれ(それも回を重ねて……),それぞれの著作に通底する特質をとらえつつ,いわゆる統合的心理療法の本質を明らかにされようとしていらっしゃたことを知って,驚き感銘を受けている。
 私の実践を検討するにあたって,内外の統合的心理療法の文献との比較考察を周到に重ねられる他に,本書には記されていないが,人が経験事実に基づいて,思索を重ね,熟達していく過程について,新保氏は将棋の羽生名人の思考過程の分析や人工知能についての数多の研究などについても詳細に検討し統合的アプローチの生成や展開過程の考察に参考にされていた。さらりと衒いなく書かれた氏の文章は,幅広く厚みのある実証的思索によって裏打ちされているのである。
 率直に申して,私の事例や調査研究論文について,私以上に緻密に読み込み,それらが伝えんとする内容を的確にとらえ,描出されていることに驚嘆した。
 有り難く気恥ずかしい想いを禁じ得ないが……。
 統合的心理療法とは何かということを求めて出発されたが,本書において新保氏は,心理療法におけるあらゆる理論や技法に通底する心理療法の本質,もしくは望ましい心理的支援の特質について帰納的にわかりやすく述べておられる。本書がクライエントのために真に役立つ心理的支援とはいかなるものかを求めるさまざまな方々にとって,お役にたつことを心から願っている。

平成24年   梅花の香る日に
村瀬 嘉代子