序文

 本書では主に標準化された心理検査を用いることで,少年司法制度における非行少年ケースの取扱い方法を改善できることを説明していきます。私たちは,少年司法関係者が標準化心理検査の有効性を正しく理解しないまま,その利点や欠点について論じる場面にしばしば遭遇してきました。そこで,心理検査への理解を深めてもらい,近年の研究の目ざましい進展により,少年司法領域に関係した心理検査が相当数開発されていることについて司法関係者に伝えたいと考え,本書を作成しました。
 本書ではこれまで発表されている少年非行に関する理論書や実践書等を参照しながら,少年司法手続がだいたい以下のような状況にあると考え,各論点に沿って解説を加えながら心理検査の有効性について説明していきます。
 少年司法手続では,非行や犯罪に関係する資質面や環境面について,すなわち知能,情緒,行動傾向,態度や価値観,家族関係,近隣環境などについて,広範にわたって調査を行い,それらの分析に基づいて少年が置かれている状態を推定して最終的な決定を下すことになっています。まず,この背景調査という点について考察をしてみたいと思います。
 次に,これらの背景要因に関する調査・鑑別手法がまちまちで定まっていない点と,手続上の明確な規定がないまま,司法関係者の幅広い裁量権により少年が置かれている状況が推定されることが多いという点に焦点を当てます。これは,少年を鑑別 1)する際に,明確で一貫した判断が下されないことから,不適切で不公平な司法判断に至る可能性があるからです。
 最後に,標準化された心理検査を活用することで,非行の背景要因の調査の精度を高め,その結果に基づいて下される司法判断の質を高めることが可能になるという点について説明します。すなわち,信頼性や妥当性が適正に保たれている標準化心理検査の場合,それらを使用することで少年の状態について質の高い鑑別が可能になるという点と,検査の正確さが増すことで,少年司法手続において関係機関間で一貫性のある取扱いを行うことが可能になるという点について詳細に説明していきます。
 本書は,次のような読者を想定しています。第一に非行・犯罪少年の心理検査の実施や解釈にたずさわる精神・心理臨床の専門家です。すなわち,心理士を中心に,精神科医,ソーシャルワーカー,あるいは教育の専門家が考えられ,司法心理領域で開発された検査やその研究の動向などについて情報を提供いたします。第二に,保護観察官や矯正職員のように実際に少年の処遇を直接担当している人たちです。最近では,処遇担当者が心理検査を活用してデータ収集を行う要請が高まっています。そのような現場のニーズに合わせて開発された検査も増えているので,それらについても紹介しながら,処遇の前線に立つ人たちに向けて有効に検査を活用できる点について説明を加えていきたいと思います。第三に,裁判官や弁護士など,司法手続の審理の中で心理検査に触れる可能性がある人たちを想定しています。特に司法判断において心理検査が果たす役割について解説している第1章,第2章,第3章および第8章は,法曹関係者に関係が深いと言えるでしょう。最後に,司法心理学あるいは犯罪学の研究者にとっても,本書は有益と信じます。最近開発された検査の情報や,今後継続して調査すべき分野に関する情報などを紹介していきます。
 この本の構成は,次のとおりです。第1章では,代表的な少年司法モデルと,さまざまな非行原因論を紹介します。第2章では,少年司法手続における判断形成について考察します。すなわち司法の流れの中で判断しなければならない事柄と,その判断形成に必要な少年の資質や環境面の鑑別について概観します。第3章では,各種司法制度において心理検査の果たす役割や,その長所と短所について触れながら,心理検査自体の評価方法について考察していきます。
 第4章からは,少年司法手続に適した各種心理検査とは何かという点に焦点をあて,第4章では適性検査や学力検査,第5章では性格・行動・態度検査,第6章では社会環境調査,そして第7章では精神科診断,資質鑑別,分類制度等について,それぞれの検査法の紹介と,それらが司法判断にどのように関係するか説明していきます。また,実際に検査を活用した事例を紹介しながら,司法心理の現場や研究・調査活動において近年注目を受けている検査手法についても説明していきます。
 以上が本書の概要になります。続いて参考までに,少年司法の判断形成における心理検査の役割と,適切な処遇選択という側面での心理検査の役割という点について,著者2人の基本的な考え方についてお話ししておきます。第1章でも詳しく紹介しますが,非行少年の処遇には,懲罰的で社会防衛的な色合いの濃い考え方から,個々の非行少年の必要性に応えようとする保護的あるいは教育的な考え方まで,実にさまざまな考え方があり,それぞれ少年司法制度に影響を及ぼしています。私たちは,高いレベルの妥当性と信頼性が担保された標準化心理検査は,どのような考え方に基づいた少年司法制度においても有益に活用されるものと考えています。私たち自身は保護的・福祉的な観点に立ち,更生に向けて教育を行うことに重点を置いた司法モデルが少年のケースに適していると考えています。著者がこのような考え方をしていることを念頭に置いて,本書を読み進めていただければ幸いです。
本書をまとめるにあたり,多くの関係者や関係機関にお世話になりましたので,この場をお借りしてお礼申し上げます。特に私たちの研究 活動に対し,調査研究費を援助してくれたオンタリオ州の地域・社会サービス省,カナダ連邦保健省少年精神衛生基金,カールトン大学に感謝申し上げます。また,第一稿の推敲を手伝ってくれたRay Corrado,Robert Knights,Lynda Robertson,David Simourd,そしてClare Stoddardに心から感謝をいたします。さらに,原稿の校正を助けてくれたMarlo Galや,常にそばにいて励まし支えてくれた友人,同僚,そして何よりも私たちの家族に心から感謝を述べます。

訳注1)一般には種類等により区別することを指すが,少年司法では資質面や環境面を幅広く調査して少年の状態,非行の原因,処遇方法等を特定することを指
     すことが多い。本書では,「アセスメント」と同意味に使用している。