あとがき

 本書は,前著『薬物依存の理解と援助――「故意に自分の健康を害する」症候群』(2005, 金剛出版)以降,薬物依存者の支援のあり方をめぐって筆者なりに考え,さまざまな場所に書いてきた原稿に加筆・修正を施し,今回機会を得て,一冊の本にまとめたものである。
 いまだからこそ告白するが,6年あまり前に前著を上梓したとき,筆者は,「薬物依存について本を書くのはこれが最初で最後であろう」と考えていた。なにしろ,当時の筆者は,司法精神医学研究部に所属していて,立場上,施行まもない医療観察法に関連した臨床研究を行うことが求められていた。もちろん,本務さえきちんとやっていれば,それとは別に個人的に関心ある領域の研究をすることは十分に可能だ。だが,当時,筆者の関心はすでに薬物依存から自傷行為へと移っていた。それゆえ,筆者は,いわば「卒業制作」に取り組む大学生のような心境で,前著のなかに自身のさまざまな仕事を盛り込み,要するに,自分のすべてを出し尽くそうと考えた。その結果,ずいぶんと「ガラパゴス的」な本になってしまったと反省している。
 しかし,不思議なものだ。前著出版後まもなく,司法精神医療の実践のなかでの必要性からやむなく立ち上げたアルコール・薬物依存治療プログラムがきっかけとなって,いつしか筆者は,一般精神科医療における薬物依存治療プログラム(SMARPP: Serigaya Methamphetamine Relapse prevention School)の開発と普及の旗振り役を担うこととなった。また,その後,自殺予防総合対策センターへと異動した筆者は,自傷や自殺に関する研究を本格化させたが,そこでもまたアルコールや向精神薬の乱用と自殺との関係を意識するようになり,それらは筆者の新たな研究テーマとなった。
 要するに,期せずして,筆者は薬物依存の臨床と研究という古巣へと回帰せざるを得なくなったのである。そして気がつくと,ずいぶんと多くの薬物依存関連の原稿を新たに書き散らしていた。かつて「もはや自分に語られる0
ことはすべて語った」と感じたことが嘘のようであった。もちろん,暴力と自傷・自殺という,両極端なメンタルヘルスの重要課題にかかわったことにより,視野が大きく開け,語るべきことが一気にわき出てきたのは確かにある。その意味では,当時迂回したと感じていた経歴の変遷にも一定の意味はあったのかもしれない。故スティーブ・ジョブズは,あの有名なスタンフォード大学卒業式でのスピーチにおいて,自らの紆余曲折を「点をつなぐconnecting the dots」という表現で要約したが,このことは筆者にも当てはまると考えるのは,いささか不遜すぎるだろうか。一見気まぐれな彷徨が実は与えられた運命であった,と。
 ともあれ,ご多分に漏れず,今回もまた「ガラパゴス的」な本である。おそらく本書には,最近数年間の筆者自身の変化は何らかのかたちで反映されているはずだ。
 誤解を避けるためにいっておくが,ここで「変化」と書いたからといって,これは決して「前言撤回」とか「宗旨替え」と同義ではない。いや,むしろ筆者自身が最も伝えたいことは,驚くほど,以前と少しも変わっていない。筆者の主張とは,「もっと多くの援助者にアディクション臨床の深さと面白さを知ってもらいたい」という,いたってシンプルなものだ。アディクション臨床の経験は,援助者としての「引き出し」を増やし,「器」の容量を大きくするが,筆者はそのことを,とりわけ若い世代の精神科医療関係者に知ってほしいと,たえず切望してきた。その点はまったく変わっていない。本書がそのようなアディクション臨床の楽しさと興奮を伝えることに成功しているとしたならば,望外の喜びである。

 ところで,本書の出版は,多くの方々の支援なしにはあり得ないものであった。このあとがきの締めくくりとして,その一部の方のお名前をあげさせていただき,一言お礼を述べておきたい。
 まず,国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部長の和田 清先生である。和田先生は,あちこちに興味・関心が拡散しがちな筆者を,いつも寛容に見守り続けてくださってきた。この場を借りて感謝の気持ちを伝えておきたい。
 それから,薬物依存者支援の盟友,国立精神・神経医療研究センター病院の小林桜児先生と今村扶美先生である。二人は,私の無茶な要求にもいつも迅速に応えてくれるだけでなく,いつも筆者の期待を大きく上回る水準で仕事をしてくれた。この両名にもやはりこの場を借りて感謝しておきたい。
 そして最後に,金剛出版の立石正信社長のことを忘れてはならない。立石社長には,最初の著書刊行以来,多くの成長の機会を与えていただき,まさに「育てて」いただいた。心からの感謝を捧げたい。
 本書をきっかけにして,「アディクション臨床に携わってみたい」と考える援助者が一人でも多く出現することを,心より祈念している。

2011年12月 松本俊彦