あとがき

 長い間,筆者の中で気がかりであったテーマを今日まとめることができて正直ホッとしている。この本を読まれた人は,筆者の強い自己主張的な記述に違和感と不快を感じられたかも知れない。おわび申し上げる。しかし,これは筆者の好むところでは決してないことをまず最初に申し上げたい。
 筆者にとってコラージュ療法の発見は偶然のきっかけに過ぎない。学位論文を出した後のゆとりの時間に思いがけなく見つけたものである。思わぬ拾いものをしたという感じである。筆者よりも,後の人がこれでいろいろ業績を積んでくれるように,多くの人にこの研究を勧めていた。筆者は1990年の芸術療法学会誌論文と『コラージュ療法入門』をまとめることで筆者自身の基本的任務はもう果たしたと考えていた。
 しかし,そういう思いとは別に,筆者の業績がいつのまにか消えてしまった。他人のものになってしまった。なぜ,『コラージュ療法入門』に明確に書いたはずの事実が無視され,これほどまでに間違えられるのか,筆者には理解できなかった。とくに「東京では森谷の存在は消えていた」と服部令子氏は証言する。これはいったい何事だろうか。これは学術研究上,放置できない問題ということになった。本書の記述にその緊張感が漂っているのは,一人の研究者の正当防衛としてやむを得ないと感じている。この防衛は,筆者や服部個人の権利で
もあるが,「科学への尊厳と信頼を守る」ためでもあることを付言しておきたい。願わくば過剰防衛にならないようにしたい。幸いにも今ではこの問題はその背景も含めてほとんど解明されたと感じる。とくに本書の出版がそのけじめになると期待している。
 逆に言えば,本書はこの一連の問題解明ができなければ出すことができなかった。もっと以前に出すべき本書の出版が遅れたのはこの理由が一番大きい。
 まず,この解明に誠心誠意全力を挙げて取り組んでくださった服部令子氏に心よりお礼と感謝を申し上げたい。服部氏の問題提起と情報提供がなければ,筆者一人ではとうていこの問題は解決できなかった。筆者は最初からおかしいと疑問には思っていたが,はるか地方にいて東京の状況を知る環境になかった。そのために筆者はせいぜい,1987年と1989年と間違いを指摘するしかできなかった。筆者の死後,誰かまじめな研究者が過去文献をレビューしているうちに,おかしいと気づいてくれて,問題提起されるかなと考えていた。筆者の元気なうちにほぼその全貌を解明できたのは,思わぬ幸運だったと思う。服部氏は熱心なクリスチャンである。「神はただ一人,証人として,東京に私を置かれたのでしょうね。神は初めから全てをご存じだったのでしょう」と言われる。筆者にとって大変ありがたいお言葉である。
 また,コラージュ療法発展の過程,並びにこの問題発掘の過程で多くの人の援助をいただいた。当初は,筆者と服部氏以外は誰もが間違えていた。いや,筆者や服部氏も好意的方向に錯覚していた。この中での解明作業はとても孤独な作業であった。その中でも問題を共有し,励ましてくれる仲間がいた。西村喜文先生,今村友木子先生には本当に励ましをいただいた。コラージュ療法学会を設立することに援助いただいたたくさんの先生,橘玲子,中村勝治,大前玲子,川瀬公美子,山上榮子,佐藤仁美,加藤大樹,岩岡眞弘の諸先生,その他の多くの皆さんに感謝申し上げる。
 さて,コラージュ療法はほんの偶然から生まれた。しかし,応用範囲のとても広い方法である。適切なルールに則りながら,心理臨床実践に役立てるよに利用されることを祈念している。大震災などのメンタルヘルスにも少しでも役立てればと願っている。
 本書出版に当たって金剛出版の弓手正樹氏に編集作業に大変お世話になった。お礼申し上げる。
 本出版に際して,京都文教大学より出版助成をいただいた。記して感謝申し上げる。

大震災の年のおわりに
2011年12月19日