『終末期と言葉−ナラティヴ/当事者

高橋規子/小森康永著
四六判/242p/定価(本体3,000円+税)/2012年5月刊

評者 吉野淳一(札幌医科大学保健医療学部)


 たいへんな本をお預かりしてしまったものだ。というのが読了時の最初の私のつぶやきである。ただ心配はない,この本はどんどん読み進めることができる。遅読の私だが,それでも3日とかからず読み終えることができた。特に中盤以降になると切迫感のようなものが出てきて,読み手はこの本を置きっぱなしにできなくなっていく。これは単に私が原稿締め切りを意識させられていたからだけではあるまい。気鋭の家族療法家,高橋規子氏の病状も気がかりだったに違いない。高橋規子氏の命を奪うことになる腫瘍が彼女の気管を圧迫していくわけだが,そういった状況もこの私の切迫感を強めたのかもしれない。というわけでどんどん読み進めることができるのだが,それとは逆に内容はたいへんに重みのあるものとなっている。その重みのある内容に入る前に,全体の構成をみてみよう。
 本書はまずV部構成となっている。T部は「われわれはどこから来たのか」,U部は「われわれは何者か」そして最後に「われわれはどこへ行くのか」と名づけられている。まずT部では,この本の二人の著者,高橋規子氏と小森康永氏の出自が明らかにされる。高橋氏は,「原家族原風景」と題して,かたや小森氏は原家族再訪と題して,自らの幼少期の家族との体験をここに記している。高橋氏はどこか孤を感じさせる佇まいだったが,「原家族から学んだことは何ですか」と聞かれれば「多勢に無勢」と答えるといったところもその佇まいに一役買ってきたのかもしれない。小森康永氏の原家族再訪では,父の死が語られる。そこで,小森氏は祖母の「逆さごとはいかん」という子を亡くした親の悲しみに触れるのだが,彼の父の記憶は父親の撮った一枚の家族写真に集約されていく。彼は父が確かにそこにいて自分たちをよく見ていたということを被写体ではなく,写し手というその写真には写り得ないが写真を存在させている張本人というかたちでわれわれに紹介しているのである。逆さごとはこの後,高橋家が遭遇する事態となっていく。
 U部は,われわれは何者かという問いかけである。この章の冒頭にある第3章は,著者たちの素顔として2人の著作者に師と仰ぐセラピストや一番好きな家族療法の本を尋ねている。4章では,高橋氏のコラボレイティヴ・アプローチは,いかにして実践しうるのか,5章では小森氏のナラティヴ・アプローチは,いかにして実践しうるのかが並ぶ。高橋氏は,ここでコラボレイティヴ・アプローチが社会構成主義からなっていること,そのような認識の仕方が治療者である高橋氏にどのような変化を与えたのかを事例を紹介しながら述べている。その変化とは,言葉を治療者にとっての情報提示という捉え方から,言葉は固定的な意味を持たず話者のアイデンティティの表明にまつわるパフォーマンスであると捉え直すものであった。治療者に内在する方法論は,コラボレイティヴ・アプローチでは一つのドミナント・ストーリーとして位置づけ,治療道具として扱うのかそれともディスコースとして扱うのかが,肝心な分かれ目となる。ただしそれを判断する客観的指標はないので,対話の当事者である来談者の感想と治療者のディスコースを併記し考察することでコラボレイティヴ・アプローチの実践の検討にまで論考を高めている。固定的な方法論を持たないコラボレイティヴ・アプローチにおいて,その哲学を忠実に再現する方法を提示したものとして大いに評価されるべき論考である。
 小森氏の,「ナラティヴ・アプローチは,いかにして実践しうるのか」も実に面白い。特に故人となってしまったWhite, M. の8冊の著書が紹介されるナラティヴ・セラピーの歴史は,端的にこのセラピーの臨床概念における発展を俯瞰するにはもってこいである。そして,なによりこの小森氏の論考には音楽と文学の香りがふんだんにする。村上春樹とブルーススプリングスティーンの名が登場するだけで私はもう自分の中で息を吹き返すものでいっぱいになる。
 第U部の終わり第6章は,「友人Dの研究」とその後,である。これが前半の要である。この作品を中心にこの後の第V部の手紙の往復が続き,最終章でその成果が報告されることとなる。自らを語る力を失くしていた来談者に高橋氏は窮余の策として,「私の話じゃないんですけど,友達の話ですけどーっていう話をしてくれませんか」と提案し,来談者は「友人Dの話」としてこれまでのいきさつを語りはじめる,という内容である。2011年静岡で行われた日本家族研究・家族療法学会第28回大会での臨床報告に参加された読者も多いと思われる。この臨床報告のその後の小森氏と高橋氏のレビューさながらのやりとりの後半で,高橋氏自らの病状報告とその後の療養の相談が小森氏になされる。そこではナラティヴ研究をすすめようとして向き合う両者の顔と精神腫瘍医としての顔,そして残された時間を意識しながら研究を続ける終末期患者というそれぞれの横顔が交錯する。
 第V部は「われわれはどこへ行くのか」というタイトルである。大半を占める高橋氏と小森氏の間の往復の手紙は,2011年の7〜11月までの月ごとにまとめられ章が割り振られている。この五つの章の中で,二人の作者は実に多くの豊かな内容をやりとりしている。ディグニティ・セラピー,マンガ「陰陽師」,当事者主権,かのこやすらぎ会とのメッセージ交換,緩和ケアと文学,ナラティヴ・メディシン(パラレル・チャート),本のタイトルと目次,ホスピス,顔,そして症状と病状などである。興味深いことに手紙の中でやりとりのあった「言葉は生の側にある」と題され,ゴーギャンの大作「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこに行くのか」が描かれている出版社未定の表紙が169頁に掲載されている。高橋氏自身も手紙の中で,「とても壮大な時系列」と表現していた目次は,最終的に採用されなかったゴーギャンの大作の題名であったとは気づかなかった。また,高橋氏の原家族風景に出てくる「多勢に無勢」は,それが伏線となって共同研究→当事者研究→当事者主権といった具合に高橋氏のセラピストとしてのスタンスを形成していったことが小森氏により解明されていく。この手紙の往復は,しかし,本の構成の細部の詰めのさなか,高橋規子氏の訃報によって終わる。
 このV部の最後は,第X章として高橋規子氏の「友人Dの研究」の完成版が置かれている。高橋氏は手紙のやりとりの中で素朴すぎないか,記述不足ではないかと心配し,小森氏は素朴すぎるとも記述不足とも思いません,と答えていたそれである。押し付けがましさがない,よい語り(p.50)であることはもちろん,家族療法家,高橋規子氏の卓越した臨床能力と分析力の鋭さ,そして隅に追いやられた人への暖かい眼差しを感じさせる報告である。
 読者にはぜひ,「おわりに」まで読んでいただきたい。このような,まったきナラティヴの書が二人の作者によって紡がれ,世に出るに至った背景がうかがい知れると思う。遺族支援をしている性なのか,読了後,高橋規子氏のご両親,ご主人,そしてセラピー研鑽における師であった吉川悟先生,お弟子さんたち,「見栄え」の奥の病状を気遣い静かに見守られていた評議員の先生方のご心痛に思い至る次第である。