まえがき

 私自身,「序文」を飛ばして読みはじめることが多いので,本書の序文についても単刀直入に本題に入りたいと思う。本書,シア先生の『自殺のアセスメント:その実践的技法』が出版されたことで,今や,自殺願望の現象学とその評価に関する参考文献として,この本に勝るものはなくなったと確信している。まず,シア先生の筆致は,優雅で魅力的である。そして内容的には,臨床上の叡智,示唆に富む事例,人の心を揺さぶる慈愛に満ちあふれている。一般に,序文の書き手は手中の本が「必読書」であると吹聴するものだが,本書に関しては掛け値なしに「必読書」なのである。
 シア先生は,人間を絶命の方向に導くところの生物学的,心理的,社会的,哲学的な勢力間で働く,複雑な相互作用に関してたぐいまれな解明を試みている。一瞥したところ意味不明で曖昧模糊とした事柄が,駆け出しの臨床家にさえ明白になり,把握できるようになる。著者は,自殺思考,自殺計画,自殺行動のニュアンスと本質を,体系的にアセスメントするための実践的,常識的,実施可能な方法を紹介している。学習者は,著者が提示した臨床事例に見る対話,質問事項,素晴らしい抜粋などから多いに学ぶことであろう。
 経験豊富な臨床家にとっても,本書は貴重な一冊である。シア先生の手にかかると,困難と複雑さを極める臨床上のシナリオでさえ,簡潔で無駄のない扱いを受ける。たとえそれが救急治療室での精神病患者のアセスメントであっても,夜中の2時に対応した,「死にたい」と訴える境界性パーソナリティ障害患者との会話であっても,扱いは同じなのだ。また著者は,危険防止契約(訳注:セラピストとのあいだで交わす「自殺しない」もしくは「自分を傷つけない」という約束)の有効性ないしは非有効性について,あるいは自殺というテーマに関する臨床家自身の考え方や偏見についてなど,本分野で議論の的になっている話題に真正面から取り組み,痛快ともいえる率直さをもって論じている。シア博士は決して読者を上から目線で見下ろすことなく,至極当然といった率直さで自己開示し,自らのテクニックを分かち合ってくれる。
 自殺傾向の患者を診るという生死を賭けた臨床の仕事が,いかに困難であるかということ,しかしやりがいもあるということを,著者は私たちに印象づけてくれる。経験豊かな臨床家が本書を読むなら,これまで経験した古い事柄が,突然,新たな光に照らされ見直すことになるであろう。過去何年かの間に集めた臨床事例は,それぞれが全く異質であるように思われたが,それらがすべていくつかの原則によって関連づけられるようになり,また,そうした原則が明日の診療にも即,応用できるのである。シア先生の筆述にはひたむきな質感がある。臨床的逸話をいくつも紹介することで,著者はタイミング,忍耐強さ,テクニック,そして自己の間違えや失敗を認めることなどがいかに大切かを切々と訴えている。
 著者は,私たちの期待をすべて満たしてくれた。「初心者の心境」を常に歓迎する感覚,これは著者の最初の著書,『Psychiatric Interviewing:: The Art of Understanding』(仮題,『精神医学的面接:患者理解のための臨床技法』現在,第二版刊行)にも共通しており,これが人の心を引きつけてやまない魅力のひとつになっている。私がシア先生と初めて出会ったのは,著者の最初のこの書であった。私自身,大学院で臨床心理学とカウンセリングの教鞭をとるものとして,この本を発見したときには喜びを禁じ得なかった。文中には,いくつもの事例やいきいきした臨床対話が紹介され,理論上の折衷主義,実証的結論づけ,文学的なスタイル,個性的なウィット,臨床的洞察力,文章の読みやすさなどが,同書を特異なものにしている。私の学生たちがこれほど楽しみ,また夢中で議論した本は他に記憶がない。同書は,学派を問わずあらゆるメンタルヘルスの専門家に読んでもらいたい最良の「入門書」といえよう。そして,それに続く二作目の本書は,同様に価値の高い力作であり,出版の運びになったことはまことに喜ばしい。
 シア先生は,自殺傾向にある患者と臨床上,いかに効果的に対応するかということに関して,ほとんど超人的ともいえる理解力,包容力,展開力を持っており,私自身,自殺学の専門家としてそのことには感嘆する。シア先生はまぎれもなく臨床の大家であるが,臨床自殺学の分野へ参画してから比較的日が浅い。そのアプローチの新鮮さとバイタリティによって,著者は私たちを臨床的理解の新たなレベルへと導いてくれる。
 実践的なリスク・アセスメントの領域で著者が果たした貢献といえば,著者自身「自殺イベントの時系列的アセスメント」(CASEアプローチ)と称しているところの,自殺念慮を導き出すための画期的な面接戦略である。CASEアプローチは,実践主義に徹した体系的な面接戦略であり,臨床家は,この戦略を駆使することで臨機応変に,また総合的に,さまざまな自殺傾向を隅々までくまなくアセスメントすることができる。またCASEアプローチによって臨床家は,自殺念慮に悩まされている患者の魂と心に近づき,当事者には気づかれないように,そこに隠された密かな動きへと向かっていくことができる。クライエントと臨床家がこうした探査を共有できることで,クライエントが直面するリスクが間近にせまっているのが明るみにでる。CASEアプローチは概念的にも臨床的にも自殺学の分野に多大な貢献をしたと私は信じている。現場の最前線で働く臨床家に対してこの方法を慣例として教え込むべきであろう。この方法が,それほどまでにパワフルに,意義深く人の命を救済できるということである。
 シア先生の研究と時を同じくして,臨床自殺学の指導者たちが彼らの研究論文の中で耐え難い痛みや絶望を経験している人々にとって,自殺がもつ引力や誘惑がいかに強力かということを理解することが最重要課題であると力説し始めた。シア先生は,痛みの終決を見据えた実行可能な解決方法として,自殺が魅力をもつということを評価するために,批判せず,体系的に,そして思慮深くアプローチする方法を手とり足とり指導してくれる。それによって,患者が自殺以外の解決策を見出すように支援するにはどうしたら良いのかを示唆してくれる。この探求が,常にとはいわないまでも,しばしば患者を希望と再生,そして死ではなく生を選ぶ方向へと導いていくのである。
 この推薦の辞における最後の言葉として,本書がきわめて人間的な書物であり,人間的な苦闘についての書物であるということを申し添えておきたい。それは永遠へと招く断崖に立たされた人々の苦闘なのである。著者は,こうした人々の極限的な痛みを私たちが理解できるように手助けしてくれ,また断崖に立つ人々の痛みを理解することで,私たちが彼らに近寄れるということを認識させてくれる。読者が本書を通して,極端に自殺傾向の強い患者の世界に入っていくスキルと自信を取得し,当を得たタイムリーな質問をセンシティブに粘り強く行い,できるかぎり批判,恐れ,偏見などを持たないように心がけつつ,自殺へと傾いている患者の世界に向かっていく術を修得するものと確信する。本書の備えた暖かいタッチの叡智によって,私たちは,このような患者を救うための能力と勇気を自分の内面に備えているということに気づかされるであろう。生きることを諦めていた患者たちの人生を,再び生きられるものにし,彼らが新たな生命や希望を創造できるように支援すること,それは「高尚なる探求」とまでは言わないとしても,間違いなく「大切な探求」であると思う。

デイビッド・A. ジョーブス,PhD.
アメリカ自殺学会会長
カトリック・ユニバーシティ・オブ・アメリカ
(ワシントンD.C.)心理学准教授