『自殺リスクの理解と対応−「死にたい」気持にどう向き合うか

ショーン・C・シア著/松本俊彦監訳/鈴木剛子,近藤正臣,冨田拓郎訳
A5判/320p/定価(本体4,200円+税)/2012年9月刊

評者 宮川香織(東京医科大学病院精神医学教室)


 精神科医は,話すことが仕事とされている。だが日常会話の延長線上で患者と話すだけで診療は成立しない。精神科医になって,いろいろ苦い経験をして,ものの10 年もすれば,「言いたいことを言う」「知りたいことを問う」とは別の,「ある効果を期待した」言葉の用い方があるのを否が応でも知ることになるのである。同じ説明,説得をするにも,単語の選び方,話す順序で,話した結果は違ってくる。話すことにもスキルが存在するのである。ただ気づいたら話せていた者にとって,話すことのスキルは意識しにくく伝えにくい。
 今回,紹介する『自殺のリスクの理解と対応』は,効果的に「尋ねる」「語りかける」のヒントをまれに見るほど具体的に教えてくれる興味深い本である。表題を見たときは,米国の精神科テキストにありがちな淡白なマニアル本か,と思ったのだが,読んでみて良い意味で予想を覆されたと感じた。なんと,自殺企図にかかわるクライシス介入で,声がけ,問診をどうすべきか,例示を交えながら,懇切丁寧に説明してくれているのである。もっと早くこれを知っていたら,たくさんの失敗が起こらずに済んだかもしれない,などと思い返すこと
しきりであった。
 これまでも,医療面接,心理療法など,精神科臨床での言葉遣いについて書かれた本はあるにはあったが,語るにあたっての目標と心構えを漠然と教示するものがほとんどで,臨床で困ったときの具体的手助けには正直ならなかった。結局,身近の「語りの上手い先輩」を真似ながら失敗を繰り返し,少しずつ本にあったことを察していくというのが,精神科医が効果的語りを学ぶ道程となっていた。けれども,その状況には絶望的な隔絶が存在した。教科書を書かれるような言葉のセンスのある先生には,センスはないが言葉の扱いをものしようと努力している若い医師が「何をわからないか」がわからないようだし,センスと無縁ながら修行中の若い医師には,熟練者が重視する言葉遣いのエッセンスが,具体的語りに繋がらず,いつまでもボンヤリしたままであったのである。
 両者をつなぐに何が足りなかったのだろうか。この『自殺のリスクの理解と対応』を読んで気づいたのだが,それは思うに,たとえ経験則であれ,「人はこんな声がけにはこう反応しやすい」というような,いくらか法則的なものへの言及であった気がする。本書では,人に(自殺念慮あるいは企図を)告白しやすくする問いかけを多角的に吟味し,否定否認する患者に,気持ちを吐露するよう誘いかける方法を複数提示している。英語と日本語の違いから翻訳の方々のご苦労は計り知れないが,できた本の内容は日本語にもフィットしていて,素晴らしいと思う。どうだろう,これを読んで,今一度,効果的な語りに取り組んでみるというのは。

 原書 Shea SC : The Practical Art of Suicide Assessment : A Guide for Mental Health Professionals and Substance Abuse Counselors