『開業臨床心理士の仕事場』

田中康雄編著
A5判/260p/定価(本体3,800円+税)/2012年9月刊

評者 池田政俊(帝京大学大学院文学研究科臨床心理学専攻/北山研究所)


 本書は,“臨床心理学という学問,そして臨床心理士という仕事は,何よりも,臨床心理学的に配慮されたアプローチによる心理面接にこそ,またそれに支えられた心理療法(カウンセリング)や心理検査の実践にこそその基本モデルがあると,そしてそのモデルをもっともシンプルに具現しているのが個人開業心理臨床の領域である”という趣旨のもとで,具体的な実践の様子をベテランの臨床家たちが語ったものである。
 私は,精神分析的な個人精神療法を専門とする精神科の医師であり,微力ながら臨床心理士の育成にも関わらせていただいているが,ある種の憧れを抱いて飛び込み,深めようとしているこの領域の進むべき方向に,かねてから若干の懸念を抱いていた。確かに「学問」である以上,また,社会的に生き延びるためには,ある種の普遍性,客観性,実証性は必要だ,という意見は否定できない。これを「コミュニティモデル」と位置づけ,「個人心理療法モデル」と対比し,さまざまな職種がコラボレートして問題解決を図るチーム活動において適切な役割をとる専門技法を深化させるためには,後者偏重から脱して前者を大切にしなければならない,といった主張があることも聞いている。さらには,「臨床心理学」という「学問」には,民間療法的に経験的に明確な根拠なしに発展してきた「個人心理療法」は含めるべきではない,という意見まであるらしい。こうした主張は至極もっともである。かつて医学部教授から,「根拠のはっきりしない,実証されていないものを,公的な医療機関で患者さんに施して,何かあったら,あるいは効果がなかったら,いったい誰がどう責任を取るのか」と尋ねられて返事に窮したことを思い出した。
 しかし,私たち臨床家が関わるのは,ひとりの人間である。彼あるいは彼女は,独自の歴史を持ち,独自の人生を生きていて,ひとりの「私」として,やはり「私」である私たち臨床家と相見えている。そこにはきわめて個別性の高い,パーソナルな,プライベートな交流が生まれているのである。いつかは死ぬのに今生きているという論理的矛盾を自覚している私たちが,それでも豊かに生きていくためには,普遍性だけではなく,この独自性や個別性に目を向ける以外に方法はないのではないだろうか。そこに開かれており,実践しているのが私が医師になってから憧れたこの臨床心理の領域であり,ほかの職種とコラボレートするときに発揮される臨床心理士の独自性ではないのだろうか。本書は,臨床心理士である各執筆者の生きざまが,一つのアートとして,また職人技として,ある種の哲学や人間観,信念とともに,活き活きと伝わってくる本である。ぜひ一読を勧めたい。
 最後に,執筆された先生方(渡辺雄三,平井正三,亀井敏彦,栗原和彦,小泉規実男,手束邦洋,鈴木誠,宮地幸雄,長瀬治之,早川すみ江,浅井真奈美,大場登,佐野直哉,執筆順,敬称略)に敬意を表したい。