本書を出版するにあたって

 著者らが臨床催眠に従事して数十年の歳月が流れた。その間、認知行動療法や精神分析にも接し、実践もしたが、なぜか満足すべき治療効果が得られず、再び催眠に回帰したかの感がある。これには、いくらかの要因があるがまず格調高い理論構成や思索もさることながら、まず、治療効果を追求する現実的な臨床家としての特性が挙げられるのではなかろうか。
 臨床催眠には未だに医学や臨床心理学者の間に、治療効果を期待しながらも実践には何らかの躊躇を見せる臨床家が多く存在するように思われる。その一因として、これまでの催眠に漂う暗いオーラが推測される。現在、臨床催眠はこれらの古典的催眠とは袂を分かち、瞠目すべき変容を遂げている。ならば、これらの変革と、向上した治療効果を伝えることが医療の受益者に対する我々の務めであろうと確信している。
 最近、医療がハイテクの導入により著しく進捗を遂げたが、一方では生物学的偏重による細分化の弊害がある。その反省として、統合医療並びに包括的系統的疾病観が強調されるようになった。催眠は心理的のみならず、生理的にも影響を与えるユニークな心理療法としてこの面でも重要な位置を占めると考えられる。
 本書は臨床催眠の理論と技法、および催眠全般に関連する事項についての詳細と最新情報を伝えようとするものである。これまで、この種のハンドブックの欠落が我が国での催眠の発展の遅れをもたらしたのであろう。筆者らは過去、何度かこの種のハンドブックを企画しながらも思い直しては中断を繰り返してきたのは、素人催眠師にも仔細を伝えることの危惧であった。しかし、学術的研究成果を伝えること自体に弊害を案ずるべきではないという心境に至り、本書刊行を志すに至った。この共通した目標に向かって、ファーストオーサーの高石が1999年に創立させた臨床催眠学会の理念と目的に深く共鳴し、肝胆相照らす同志として過去十年あまり日本での催眠研修に協力してきた大谷がセカンドオーサーとして力を合わせることになったのである。本書の著述に際しては執筆を分担し、日本と米国という地理的、時間的な隔たりにもかかわらず、繰り返し討論と推敲を重ねた努力の結実がこの書である。日本人の手による、最高レベルの臨床催眠ハンドブックにするため、これまで日本の催眠研究ではほとんど取り上げられることのなかった古典とされる文献はじめ、2000年以降日本国内および海外の主要学術誌に出版された、臨床催眠を取り扱う論文を吟味選択し、それらのなかから重要と思われるものを随所にできるだけ多く紹介するように努めた。催眠治療及び研究に専念されるは同学の士はもとより、医学、臨床心理学専攻の人たちにも広く読まれることを希求する次第である。

2011年 仲秋
高石 昇
大谷 彰