本書は,心理療法,特にブリーフサイコセラピーの世界では大変著名なビル・オハンロンが,トラウマで苦しむ人々に対する効果的な心理療法的アプローチのコツや方法を惜しげもなく披露した,臨床家にとても役に立つ実践書で,原書“Quick Steps to RESOLVING TRAUMA”の全訳である。
 オハンロンの著作はすでにその多くが翻訳出版されている。このことからもうかがえるが,日本においても非常に人気の高い臨床家,サイコセラピストの一人であり,私自身もその訳書の大半を“座右の書”として手にしている。オハンロンはこれまで幾度か来日しワークショップを開催していて,私も以前に2回ほど参加した経験がある。ワークショップや著作を通して私が抱くオハンロンのイメージは,物腰の柔らかさと心根の優しさ,そして同時にお茶目でユーモアや機知に富む人柄の持ち主であり,常にクライアントの役に立つ臨床のあり方を真摯に追求している,愛すべき正真正銘の実践家,というものである。
 ところで近年,臨床の現場にはこころに深い傷(トラウマ)を負う体験をしたクライアントが多く来談されるようになった。そのような現状に伴い,トラウマに関する理論や新しい治療的アプローチが専門家の間でいろいろと開発され,その成果も着実に蓄積されてきていることはご同慶の至りである。しかし,それでもまだ援助の手を待つ多くのクライアントの方がおられるのも事実であり,臨床家はそういったクライアントの方が少しでも希望の光を見出すことができるように,今後も真摯に臨床活動に取り組んでいく責務があるだろう。
 オハンロンが本書で紹介している,「トラウマ解消の4つのアプローチ」は,もしかすると彼をよく知る読者にはさほど目新しいものとは映らないかもしれない。冒頭でも触れたように,オハンロンは学派で言えばブリーフサイコセラピー,特にエリクソニアン・アプローチや解決指向アプローチにおけるマスターセラピストとして非常によく知られた存在である。クライアントの潜在的能力や資質への信頼と変化やリソースに依拠する基本スタンスはブリーフ学派に共通するもので,そのスタンスは本書においても通底している。本書は決して分厚くはないが,その一番の特色は,これまで彼が「解決指向」「未来指向」「可能性療法」「インクルーシブ」「スピリチュアリティ」「エリクソニアン催眠」「ストレングス」「ポジティブ・サイコロジー」等といった枠組みや概念を通して提示してきた臨床に関する豊かなアイデアや手法を,トラウマや外傷性(traumatic)もしくは外傷後(posttraumatic)の問題の解消のために総動員し,臨床家に役立つレシピとして再編成した“壮大な小冊子”であることだろう。
 オハンロンが本書で提示している「トラウマの3-D理論」も,とても“小さな”シンプルなものであるが,豊富に散りばめられたセラピストとクライアントの逐語をよく読めば分かるように,彼は人間を身体−心理−社会−スピリチュアルな全体的存在として捉え,そのすべての次元を考慮に入れた関わりを行っている。加えて,クライアントの安全の問題に細心の注意を払いつつ,トラウマ記憶への暴露(エクスポージャー)も必要最小限度に留めながら,4つのアプローチ(「外傷後成長の探索」も含めると5つ)を通して,トラウマによって解離・脱価値化・非所有化された自己の部分をクライアントが再統合していけるように優しく招き入れているのである。この逐語の部分だけでも,繰り返し,繰り返し読む価値が大いにあると私は確信している。
 最後に,翻訳出版に至る経緯について少し触れておきたい。私が本書の原本を手に入れたのは2011年の春頃,それはちょうど,東日本大震災が起こって間もないころであった。原本のイントロダクションと全体の構成にざっと目を通した時,何かに突き動かされたように即座に翻訳を思い立った。自分自身がしっかりと読み込みたいと思ったことが理由としてもちろんあるが,本書はトラウマ臨床にかかわっている臨床家の間で分かち合う価値が多いにあると直観したからかもしれない。そこで早速,前職場で同僚だった臨床心理士の内田由可里先生に翻訳への協力をお願いしたところ,幸いにも快諾のお返事を得ることができた。内田先生は,英語に大変堪能で,なおかつトラウマ臨床に数多くかかわり成果を上げている本物の臨床家として,私がもっとも信頼している臨床家のお一人である。オハンロンのアプローチの含意を的確に読み取って,とても分かりやすく読みやすい翻訳をしてくださったことに心より感謝申し上げたい。それでも,どうしても意味の読み取りが難しい部分が若干残った。その部分に関しては,現職場で苦楽を分かち合っている同僚のハフシ・メッド教授から貴重な示唆をいただいた。厚くお礼を申し上げたい。そして最後に,金剛出版の北川晶子さんにはさらに読みやすい日本語にするサポートをいただいたことに厚く感謝申し上げたい。
 監訳者としての責務をきちんと果たせたのかどうか,はなはだ心許ない限りであるが,皆様,本当にありがとうございました。

前田泰宏