長いあいだ正常な人格の心理学は、科学的な論理よりもむしろ科学の社会史上のさまざまな理由から、異常な人格の心理学とは別個のものとされてきた。もちろん、病気のときに身体がどのように働くかを知れば、健康なときに身体がどのように働くかをいっそうよく学ぶことができる。壊血病とかペラグラがなければビタミンの役割は発見されなかったであろうし、いまではビタミンは、健康を維持するうえで積極的な役割を果たしている。同じことが精神活動に関する知識にもあてはまる。現代の色覚理論は色盲の発見に多くを負っているし、分離脳はわたしたちに正常な脳の機能について教えてくれた。
 ではなぜ〈一般実験心理学者〉は、概して異常な状態を無視し、それに対する取り組みを他の人たちに預けてしまう傾向があるのだろうか。実験者は、関連するさまざまな変数を最大限に統制したがる。彼がおこなう実験の多くにとり、〈正常な〉視覚、〈正常な〉聴覚、〈正常な〉筋協調性のある被験者を使えることは、被験者の協力を容易にし、また他の実験者が彼の結果をいっそう都合よく検証できるものにする。脳に罹患したあるいは損傷を受けた患者は脳の過程を理解するうえで価値ある症状を呈するかもしれないが、そのような患者は稀であり、また非常に不安定であり、彼らと接触をとることは容易ではない。研究者によっては相性がよくないということもある。こうしたことから、脳の過程に関心がある多くの研究者は動物を研究することで関心のある脳の損傷をつくりだす傾向があり、そこで彼らの成果は、正常な実験心理学とか生理心理学と分類されることになる。異常心理学はおおむね人間心理学にとどまる。
 催眠現象は、当初それが臨床の施術者たちによって研究されたことから、もはや適切ではない歴史的理由によって異常心理学に割りふられる傾向があった。シャルコーとジャネは両者ともに催眠をヒステリー現象と解したのであり、そしてヒステリーは、他の障害と同じように異常だったのである。リエボーとベルネーム以来、催眠感受性hypnotic susceptibility をこのように性格づけることは容認できるものではなかった。賢明にも『サイコロジカル・アブストラクト』誌の責任者たちによって、一九六五年から一九七三年にかけての数年間、催眠と暗示を実験心理学下の見出しとして挙げる努力がなされた。だが、新しい編集者たちはジャーナルのそのような見出しを変えたのであり、催眠は、実験心理学もまた大見出しとしては消えたことから、所属を失ってしまった。一般の実験のジャーナルには、催眠に関する実験はごくわずかしか掲載されていない。米国心理学会の種々のジャーナルのうち、その主たる掲載誌は、編集者たちの同意により、『ザ・ジャーナル・オブ・アブノーマル・サイコロジー』である。
 わたし自身が好むところは、催眠を正常心理学の一部として〈手なずけられた〉とみることであり、これは、もしも催眠を知覚、学習、動機づけ、また一般心理学の他の容認されたトピックとともに真摯に受け止めるなら、正常な人間の心と行動について理解が深められると考えてのことである。この好みは、遁走や多重人格といった〈異常〉心理学に割りふられてきた人格研究の他の側面にも及ぶものである。そこでわたしは、解離理論─異常心理学を出自とする理論─について再検討し、それが一般心理学の中で真剣に受け止められるように、その現代的なかたちを発展させる試みをした。
 本書が取り組む問題は古くからのものであり、そのような問題に対するわたし自身の関心は、わたしの催眠研究よりもずいぶんの年月先立つものである。実際に、職業生活のかなり遅くになってわたしが催眠の研究に赴いたのは、催眠がこうした関係のいくつかの探求に便利な切り口を与えてくれたからである。記録によれば、こうした関心が、動作に対する二種類の制御としての条件反応と自由意志による反応の違いを考察したわたしの学位論文『ヒルガード、一九三一年』の昔にまで遡るのは明らかであり、自己暗示のさいの自分自身の分割という当惑させる問題は、その数年後に発表された研究『ベルレマンとヒルガード、一九三六年』の契機ともなるものであった。自由意志による過程と、条件づけられた弁別パラダイムにおける選択的強化のより自動的な帰結とのあいだの相互作用に関する、数人の共同研究者たちとの一連の論文が発表された(要約を見るには、ヒルガード、一九三八年を参照されたい)。わたしは、一九四九年の米国心理学会でおこなった会長講演の中で、こうした考察のいくつかに立ち戻った。題して、『人間の動機と自我なる概念』(ヒルガード、一九四九年)である。
 関連する諸問題にわたしが早くから関心をもっていたというこうした証拠にもかかわらず、本書を書こうと思ったのはつい最近のことであり、わたしが主催している催眠に関する研究所で現在まで積み重ねられてきた所見をもとにして、また、わたしが積極的に参加した実験を通してのことである。新しいデータのいくつかは、以前にはずいぶん不可解と思われたさまざまな厄介な状況の局面を理解させてくれる。
 この研究所は一九五七年以来積極的に活動しており、当初はフォード財団の支援を受け、またほかにも、ロバート・C・ウィーラー財団、サンマテオ・カウンティー・ハート協会、米国空軍調査部(Contract AF 49/638/1436)、また何人かの篤志家たちの支援を受けている。もっとも継続的な支援は、一九六一年から現在にいたるまでの、保健教育福祉省の国立精神衛生研究所Grant MH-03859 によるものである。同僚たちとわたしは、彼ら全員に対して深く感謝している。
 多くの方々が本書の執筆と刊行の準備に寄与してくださったのであり、わたしはその方々全員に深く恩義を受けている。まずは研究所の研究チームのメンバーの方々であり、彼らのお名前はわたしたちの研究の報告書の著者としてしるされており、多くが参考文献のリストに挙げられている。お名前は枚挙に暇がないが、この研究にもっとも長期にわたって結びついているのは、わたしの妻ジョセフィーン・R・ヒルガード、また、ヒュー・マクドナルド、アーリーン・モーガンである。さらに、ヘレン・ジョアン・クローフォードは痛みと難聴の実験での最近の協力者であり、彼女は草稿を用意するうえで有益な意見をくださった。もっとも恩義があるのはジョセフィーン・ヒルガードであり、彼女の熟練した面接からは、催眠にかかった人に認識される催眠下の経験についての報告がもたらされ、それは彼女によって理論的な考察を加えられ、本書の中で広く用いられた。執筆中彼女はわたしの傍らにおり、批判と激励をともに与えてくれた。彼女の忍耐強い援助がなければ、本書は完成しなかったであろう。草稿はいくつかの段階で、ケニス・S・バウアーズ、アルバート・H・ハストルフ、アーヴィング・L・ジャニス、また、この『ワィリー行動叢書』の編者ケニス・マッコークオデイルに目を通していただいた。彼らの有益な示唆はそのたびに変更をもたらした。ただ、彼らがそうした変更を了承する機会はなかったし、それに対してはわたしが責任を負わねばならない。ハリエット・ベッセルは草稿をタイプしてくださり、引用文献のリスト、イラスト、最終稿を用意するうえでのその他の側面に関して他の多くの仕事を忠実にしてくださった。とりわけピーター・W・ピアス、J・フランシス・ティンダールを含む、ワィリー社のスタッフの方々の激励と熟練した支援にも感謝を述べたい。
 以前に版権のある資料に関して寛大にも、多くの著者や出版社からそれを使用する許可が与えられた。その一次資料の引証はその資料が出ている箇所にしるしてある。

アーネスト・R・ヒルガード
カリフォルニア州スタンフォード大学
一九七七年六月