『ヒルガード 分割された意識−〈隠された観察者〉と新解離説

アーネスト・R・ヒルガード著/児玉憲典訳
A5判/460p/定価(本体7,400円+税)/2013年2月刊

評者 一丸藤太郎(広島国際大学大学院)


 心理学を学んできた者であれば,ヒルガードの名前は必ずやどこかで耳にしたことがあるにちがいないだろう。それも臨床心理学や精神分析学ではなく,一般心理学,あるいは実験心理学の教科書などで目にしたのではないだろうか。そうしたためか評者は,長い間ヒルガードといえば実験心理学の大御所であるとのみ理解していた。ところが1970年代頃になって米国で多重人格性障害が報告されるようになり,その報告のディスカッションでヒルガードの考え,とりわけ「隠れた観察者」の概念が紹介されていることがあるのを知って,あの実験心理学の大御所と多重人格性障害にどのような関係があるのだろうかと不思議に思っていた。「隠れた観察者」の概念を知りたいと思うこともあったけれども,どうやらそのことを詳しく検討している本書を読むのは相当のエネルギーが必要なようで,そのままになっていた。この度,解離や催眠の領域に詳しい児玉憲典氏の多大な努力で本書の翻訳がなされたことで,ようやく読むことができるようになった。児玉憲典氏は,師である戸川行夫先生の米寿の記念としてモートン・プリンスの『ミス・ビーチャム―あるいは失われた自己』も翻訳出版しており,行き届いた翻訳書となっている。ただしかし,ヒルガードはあくまでも実験心理学者であり,実験的な手法で研究を進めているので,心理学を専攻していない者にとっては読み進めるのに少し余計な努力を必要とするかもしれない。
 最初のページには,ヨーロッパの催眠の臨床と研究の正当な継承者であり,解離の概念を創始したジャネの写真が載せられている。この写真は,ジャネの業績の重要さを再評価して多くの専門家に紹介したエレンバーガーの好意によるものであるが,ヒルガードは解離の概念や研究が米国で消え去ったとされている1920 年代よりずっと続けて独自に解離や催眠に取り組んでいたのだ。米国では1900 年前後には解離の臨床や研究は勢力的に行われており,ジャネが米国で講演したり,米国の専門家がヨーロッパを訪れたりと,交流も盛んであった。モートン・プリンスは,その成果として1905年に『ミス・ビーチャム―あるいは失われた自己』を公にした。また米国心理学を創設したウイリアム・ジェームスは1890年に『心理学原論』を出版したが,そこでは催眠や解離が広く取り上げられている。その中には,よく知られているロードアイランドの牧師であり,約2カ月にわたって遁走を示したセンゼル・ブーンに対して行った催眠療法についての詳しい紹介がある。ヒルガードこそは,ジェイムスに始まる米国の心理学の正当な後継者といってもよいだろう。
 プリンスの『ミス・ビーチャム』に続き,ヒルガードの『分割された自己』という本書の翻訳に取り組んだ児玉憲典氏の情熱と地道な努力に敬意
を表します。

原書 Hilgard ER : Divided Consciousness : Multiple Controls In Human Thought And Action