嘔吐恐怖はDSM-IV-TR においては特定の恐怖症に分類される病気である。特定の恐怖症には,動物型,自然環境型,血液・注射・外傷型,状況型があり,嘔吐恐怖は「その他の型」に分類されている。言葉を変えていえば,嘔吐恐怖はまだまだ研究が不十分で屑籠に投げ込まれている状況である。DSM-5 でもこの状況は変わらず,嘔吐恐怖が分類される特定の恐怖症には大きな変更はなさそうである。しかし,心療内科や精神科の診療で嘔吐恐怖は決して稀な病態ではない。本書のなかでも述べられているが,嘔吐恐怖は特定の恐怖症に分類されてはいるが社交不安障害,パニック障害などの不安障害の症状としても認められ,その治療法は十分に検討されておらず,いまだ標準的な治療法は確立されていない。嘔吐恐怖では治療に難渋しているケースがしばしばあり,症状は遷延性であり,見かけよりはるかに社会機能障害が強い病態である。このような状況で嘔吐恐怖の専門書が世に初めて出たことは大変意義のあることと考える。本書が嘔吐恐怖という病態が今後さらに詳しく研究され新しい診断体系がつくられるべく研究の先鞭となることを願う。
 嘔吐恐怖に強い関心があり多くの事例を経験する野呂浩史氏の提案で第3 回不安障害学会(平成23 年2 月5 日)においてシンポジウム「嘔吐恐怖の病態と治療」が催された。この本はこの時の座長(野呂,貝谷),シンポジスト(荒川,小松,小堀),指定討論者(清水)からの原稿を中心にし,さらに専門分野の先生に執筆をお願いして完成されたものである。それ故,本書は嘔吐恐怖に関するテーマをほとんどオールラウンドに包摂し,さらに臨床に即した記述が多く,治療者にとっては診療の良き友となると監修者は信じ,そう願うものである。

平成壬辰 霜月 満月の夜に 瀧廉太郎旧宅付近の寓居にて
貝谷久宣