『リジリエンス−喪失と悲嘆についての新たな視点

ジョージ・ボナーノ著/高橋祥友監訳
四六判/250p/定価(本体2,800円+税)/2013年3月刊

評者 得津愼子(関西福祉科学大学)


 本書の副題が示している新しい視点とはリジリエンス注1)のことであり,筆者である米国の心理学者ジョージ・ボナーノ博士は,それを「逆境の中で強く生きる人間の一般的4 4 4 な能力」(傍点筆者)であると強調する。20 年以上にわたる悲嘆研究の累積の下に,まずフロイトの「喪の作業」やロスの「死の受容」の過程の概念が実証的でないということと,そのステレオタイプが人びとの回復を妨げることがあるとの異議申し立てから始まる本書は,悲嘆は従来説明されているような一元的な経験ではなく,人びとの多くは悲嘆の経験に圧倒され,傷つくが,自然なリジリエンスを呈し,比較的早期に以前の機能を回復し,人生を楽しむことができるようになるとする。著者が驚嘆に価するとしているのは,リジリエンスの機能ではなくて,常にリジリエンスが働くことなのである。評者も同様にさまざまな喪失体験,困難や桎梏を抱えて立ちつくす家族が,変化を遂げ,その困難な経験をしたことすら忘れてしまったかのように見えた時,何と人や家族はしなやかでしたたかなものであるかと驚嘆,刮目したことがリジリエンスに興味を抱いた発端でもある。
 リジリエンスとは,いわば「自分の道具箱にたくさんの道具がある」ことで,その道具箱には情動を豊かに表現すること,それらの身体的な効果や,悲嘆の程度やレベルが揺れ動くことを前提とすることや,楽天的で,適応力があるなどの資質あるいは生前の故人との関係性などさまざまな要因が考えられる。その中で評者が興味深く思ったのは,自己奉仕バイアス(self-surviving baias)として説明されているが,「見苦しくても生延び(copingugly),どんな手を使ってでもやり抜く(pragmatic coping)」ことも必要な道具の一つであるということである。人の心身・行動上の事柄には,すべて意味があり,感情や生理的反応は,良くも悪くも「平衡」を保とうとする生物体としての懸命な努力であり,恒常性を保とうとするリジリエンスの自然な動きであることが,全12 章の前半の7 章まででストンと腑に落ちてくる。
 ところが第8 章からは趣きを異にして,生と死への興味が,仏教や異文化を通して語られ始め,最後は香港での自らの父親への鎮魂の儀式で終る。そこで始めてこの文化誌的な叙述と好奇心に満ちたフィールドワークが,筆者自身の青年期における父親との死別の喪の作業であったと解題される。父親と息子の成長期のありがちな精神的な決別,突然の死別,その後の日常的な生活の中で埋没していたその関係が,時を経て,父親への鎮魂の儀式を執り行う中で,新たな「愛する人」との「今,ここで」のリアルな関係として自然に蘇ってくる。
 本書では悲嘆の経験をしてきた人びとの「多く」がリジリエンスを働かせて「健康」に生活していると強調される一方で,長期にわたっても喪失の回復が困難な人びとがいることにも言及されている。そうした人びとにどのようにこのリジリエンスを高めていくかをもっと知りたいところではあるが,愛する人との死別を悲しむ人,悲しめない,あるいは,速やかに回復してしまう自分を責める人,死別を巡ってさまざまな形でさまざまな思いを,それぞれの頻度で味わっている人びとの,どこかおさまりがつかない気持ちにそっと手を添えてくれるような「優しさ」が読後に残る。本書は,そういう死別体験にある人びと,その人びとのただならぬ悲嘆や喪失に懸命に寄り添って,自らも出口や救いのない思いに駆られていたり,リジリエンス概念を現場に活かすための言葉や説明力を求めている支援者たちにお薦めの1 冊である。

原書 Bonano GA : The Other Side of Sadness :What the new science of bereavement tells us about life after loss