本書の翻訳企画が持ち上がったのは、二〇〇七年の世界精神医学会アジア地域大会ソウル大会のことでした。韓国ではすでに翻訳版が出版されており、サルトリウス先生が熱心に日本語訳を勧めてくださいました。
 サルトリウス先生は、日本若手精神科医の会(Japan Young Psychiatrists Organization : JYPO)の顧問であり、二〇〇二年のJYPO設立以来ずっと、私たちは先生の人間的大きさと智恵の深さ、情熱のあつさから学ばせていただいてきました。サルトリウス先生の知恵の詰まったこの書物を、一人でも多くの日本人に届けたいと思いましたし、サルトリウス先生に恩返ししたいという気持ちもありました。
 ほかならぬサルトリウス先生の著作ということで、翻訳チームは、JYPOメンバーによってあっという間に結成されました。さらに有難いことに西園昌久先生(心理社会的精神医学研究所・福岡大学名誉教授)がご紹介くださって、金剛出版が出版を引き受けてくださることになりました。
 そうして翻訳初稿が集まったのですが、この本はその後に産みの苦しみを経験することになります。サルトリウス先生の文章の格調高さのためか、集まった翻訳初稿の多くは、メンバーの苦労のあとがありありとしのばれ、読者に届ける前にかなりの手入れが必要な状態でした。どう手をつけていいものやら途方に暮れたまま、気づいたら数年がたっていました。
 消えそうになった企画の灯を再びともしてくれたきっかけは、二〇一一年の第一〇回Course for the Academic Development of Psychiatrists(CADP)でした。CADPは、JYPOが毎年、全国(近年では全世界)の若手精神科医を集めてスキル・ディベロップメントと相互交流を行う会です(http://jypo.umin.jp/homepage/ga_cadp.html)。その会の席でサルトリウス先生は、「Dr. Fujisawa、私はまだ宿題を受け取ってないよ?」と一〇年間変わらない穏やかな笑顔でおっしゃいました。その時、私は「ああそうだ。先生との出会いの感動を後世に伝えなくてはならない」との思いを新たにしました。
 その後、和氣洋介君が卓越した情熱で監訳に携わってくださり、さらに趙岳人君が加わって監訳体制ができあがりました。始めに三人が分担して初稿を見直したあと、合議しながら用語の統一や翻訳の確認を行いました。Skype 会議を毎週日曜日の二一時三〇分から深夜まで一年近く続けたのは本当に大変でしたが、やり終えてみるととても濃密で貴重な時間だったと思います。
 追加で翻訳が必要となったいくつかの章は、JYPOの現役メンバーが協力してくれました。現役メンバーのスピード感ある作業ぶりに、自分たちが既にYoung でなくなったことを実感したものです。
 二〇〇七年の企画から出版に至るまでの五年間で、「若手」だったJYPOメンバーはJYPOを卒業し、それぞれの領域で中心的役割を果たすようになり、中には既にエキスパートになっている人もいます。五年という時間の大きさと、そうした同じ時間に同じ志を共有できたことのありがたさを感じます。
 本書は、サルトリウス先生への感謝と敬意によって結ばれた、JYPOの絆の証しといえるでしょう。
 末筆ながら、改めて、サルトリウス先生に、さらに西園昌久先生に、そしてJYPO現役・OBメンバーとその結束、JYPOに理解と支援をくださってきた多くの方々に、深く感謝を申し上げます。また、本書の意義を理解してご支援くださり、しかも、五年もの長い歳月を辛抱強く付き合ってくださった金剛出版の立石正信さんに深くお礼を申し上げます。

藤澤大介


 精神障害を抱える人々への「支援」とは本来どうあるべきか迷っていた時に、JYPOメンバーの藤澤大介君を通じて出会った本書には、サルトリウス先生の魂に突き動かされたようなライフワークの一端が惜しげも無く披露されていました。今回、JYPOメンバーとともに翻訳に携わるという貴重な機会をいただけたことで、本書から非常に多くのことを教えていただき、少し視野を拡げる機会を与えていただきました。そして、支援や治療など、われわれの目指すべき到達点は遥か遠く先にあるということに改めて気付かせていただいた気がします。本書を通して、多くのJYPOメンバーと共にメンタルヘルスの将来を考える素晴らしい機会を頂けたことは大変嬉しいことでした。また私がかつて所属していた施設で当時研修医であった大和真理子さんも私の担当部分の一部(第7章)の翻訳を共に頑張ってくれました。この本を通じて、精神科医療・福祉に携わる人々とともにメンタルヘルス領域に残された多くの課題へ、さらに挑戦し続けていくことができればとても幸せに思います。

和氣洋介